特集

手術後の傷あとやむくみ治ります

ケロイド・リンパ浮腫の治療最前線に迫る

「病気は手術で治ったけれど、大きな傷あとが残ってつらい」
「がんの治療でリンパ節を切除。むくみがひどくて歩けない」
このように手術後の困った症状で悩む患者さんは少なくありません。
その一方で、「これ以上よくならない」と諦めている人も。
日本医科大学付属病院形成外科・再建外科・美容外科部長の小川令先生は、
「手術後のケロイド・リンパ浮腫は必ず改善します。諦めないで」と話します。
手術後の傷あと・むくみに長年取り組んでき小川先生にそれらの最新治療について伺いました。

症状を知る

あなたの傷あと
もっとよくなるかも

―ケロイドとはどのような病気でしょうか。

手術の傷あとが赤く盛り上がり、かゆみや痛みを伴うのが「ケロイド」です。真皮と呼ばれる皮膚の深い部分で炎症が続く病態で、炎症が強いものをケロイド、やや弱いものを「肥厚性瘢痕(ひこうせいはんこん)」と呼びます。
痛みやかゆみ、皮膚のひきつれなどの症状があり、重症化すると機能障害(腕が上がらないなど)を起こすこともあります。

―どのような人がケロイドになるのでしょうか。

大きな手術や大けがの後など、全身の炎症反応が強い時に起こります。このほか性ホルモンの分泌が多い(血管が広がって炎症が起こりやすい)、20~30代(皮膚に張りがある)、高血圧を発症している(血圧が高く重症化しやすい)などの人は悪化しやすいです。またアジア人は白人に比べてケロイドが起こりやすいことが分かっています。

―手術後のもう一つの悩み、リンパ浮腫について教えてください。

体の中には、血液を運ぶ血管と同様に、リンパ液を運ぶためのリンパ管が全身に張り巡らされています。
リンパ液は主にタンパク質や白血球を運ぶ役割を担っていて、脇や太もものつけ根など全身に数百個あるリンパ節は、有害物質を取り除くフィルターの働きをしています。
リンパ浮腫は、がんの転移予防や治療の一環として、リンパ節を取り除くことや、放射線治療を行うことで、本来なら深部リンパ管を通っていたリンパ液が行き場を失い、表在リンパ管を通っていくようになり、一時的にむくみがおきます。
症状は手足のむくみ、重だるさ、疲労感、皮膚をつまんでもしわができないなど。痛みを伴うことはまれですが、重症化すると痛みを感じる場合もあります。

どうやって治す

ケロイド治療は形成外科がベスト

―ケロイドの治療法はどのようなものがありますか。

大きく分けると、体に傷を付けないで治す方法(保存療法)と手術して治す方法(手術療法)があります。保存療法には、ステロイド剤のテープや軟膏を使う方法、ステロイド剤注射、抗アレルギー剤、テープやシリコーンシートで圧迫する方法などがあります。保存療法で約9割は改善しますが、改善しない場合は手術が効果的となります。

―ケロイドの手術はどのようなものでしょうか。

手術の方法は大きく2パターンあります。
一つ目は、盛り上がった部分を切除して、傷を縫い縮める方法です。ケロイドは、 「皮膚が引っ張られる方向に炎症が広がる」ため、皮膚の張力(引っ張られる力)を解除するように皮膚を切開・縫合します。当院では傷をジグザグに縫うことで張力を解除する「Z形成術」を取り入れています。
もう一つはほかの部分から皮膚を持ってきて移植する方法です。ケロイドが広範囲に及んでいて、縫い縮めることが難しい場合などに選択します。皮膚の移植にはいくつか方法がありますが、当院では移植後の血流を周囲の皮膚や皮下組織から受け取る「局所皮弁(きょくしょひべん)」という手技を採用しています。

―ケロイドの治療に適した診療科を教えください。

皮膚科の受診を検討する人が多いかもしれませんが、治療法の選択肢を広げるためには形成外科の受診することをお勧めします。形成外科では皮膚科で行う保存療法に加え、手術による治療も可能だからです。
また、再発防止のためには手術後に放射線治療を組み合わせることが必須となりますので、形成外科と放射線治療科の両方がある大きな病院がベストといえます。

―日本医科大学付属病院ではケロイド外来を開いているそうですね。

年間2000人の患者さんが受診し、症例数は世界でトップクラスです。ケロイドの治療に本格的に取り組む病院がまだ少ないため、沖縄や北海道をはじめ、海外からも患者さんがいらっしゃいます。

―昔は「ケロイドは一生治らない」と考えられていました。

ケロイドはいったん治っても再発してしまうことがあるため、「治らない病態」と考えられていた時代もありました。しかし、ここ十年ほどで治療法は大きく進歩しています。今では治らないケロイド・肥厚性瘢痕はないといっても過言ではありません。
主治医から「これ以上は治療できない」と言われても決して諦めないで、ケロイド治療の専門家がいる形成外科を受診してください。早ければ早いほど、治療に要する時間は短くて済みます。手術後の傷あとが気になるようでしたら、早期の受診・治療開始が完治への近道です。

リンパ管と静脈をつなぎリンパ浮腫を治療

―もう一方のリンパ浮腫にはどのような治療がありますか。

むくみが軽い時は、弾性包帯やストッキングによる圧迫療法、運動療法などで症状が改善します。
改善が見られない場合は手術をすることになります。顕微鏡で確認しながら、直径0・5㎜以下のリンパ管を静脈につなぎ合わせる「リンパ管静脈吻合術(ふんごうじゅつ)」という手術で、高度な技術が必要です。むくみのある部分のリンパ管を静脈につなぐことで、滞ったリンパ液の流れが改善します。傷あとが2~3㎝と小さいため、患者さんの身体への負担が小さくて済むのもメリットです。当院では年間約50例の手術を行っています。

ケロイド

  • ケロイド手術の後、電子線を照射して治療した例。ほとんど目立たなくなっている

  • 手術後の照射は、ケロイドを作り出す細胞(線維芽細胞)の増殖を抑え、ケロイド治療には欠かせないものとなっている(写真左は電子線の遠距離照射の様子、右は治療に使用する直線加速器(ライナック)

リンパ浮腫

  • SPECT-CTとリンパシンチグラフィーを組み合わせて、リンパ液が漏れ出している場所を正確に把握することができる

  • 手術直後から少しずつ皮膚にしわができ、1年後にはここまで改善した例

    色素を流してリンパ管を識別し、顕微鏡をのぞきながら0.5mm以下のリンパ管と静脈をつないでいく

―日本医科大学付属病院の治療の特徴を教えてください。

最大の特徴は、「SPECT–CT*」と「リンパシンチグラフィー**」という2つの先端医療機器を組み合わせてリンパ液の流れを視覚的に確認し、リンパ管を静脈につなぎ合わせる場所を決めてから手術を行うところです。より高い治療効果を得られ、保存療法と手術療法を合わせると、7割以上の患者さんでむくみが改善しました。

―受診時期の目安はありますか?

ケロイド同様、早ければ早いほど治療効果が期待できます。むくみを感じたら、まずは弾性ストッキングを履くなど自宅でできるケアをしましょう。それでも改善しない場合は早めに形成外科の受診してください。重症化して日常生活に支障が出る前に、早期の診断・治療が何よりも重要です。

*SPECT-CT:造影剤を使って臓器の血流を調べることができるSPECTと、病変部位を調べることができるCTを組み合わせた装置 **リンパシンチグラフィー:造影剤を使ってリンパ管の流れを撮影する装置

小川 令 先生(おがわ・れい)

日本医科大学付属病院 形成外科・再建外科・美容外科部長[日本医科大学 形成外科学/形成再建再生医学分野 大学院教授]

1999年に日本医科大学医学部を卒業し、同大形成外科に入局。米国ハーバード大学ブリンガムウィメンズ病院の組織工学・創傷治療研究室研究員などを歴任。 2015年から日本医科大学形成外科学教室主任教授。東京大学非常勤講師を兼任。熱傷再建手術、ケロイドや肥厚性瘢痕の治療、マイクロサージャリーを用いたリンパ浮腫の治療に力を注ぐ傍ら、メカノバイオロジー、再生医学などの研究にも力を入れる。

小川先生の治療への想い

QOLに真剣に取り組む―それが日本医科大学形成外科学教室です

日本初の救命救急センターを開設した日本医科大学では、一刻を争う多くの重症患者さんの命を救ってきました。しかし、命を助けてそれで終わりではありません。例えば、手術の傷あとが大きく残り、生活に不自由なままでは、真の意味で患者さんが救われたとはいえないからです。形成外科では手術後の傷あと治療を通して、患者さんのQOL向上に取り組んできました。“身体の傷の治療”を通して“心をケアする”―それが日本医科大学形成外科学教室の想いです。

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