特集

現代版“赤ひげ先生”を目指す

「断らない」「迷わせない」を誇りに不安を抱えるすべての人の窓口となる総合診療科

hippocrates 29号 2026年04月発行

どの診療科を受診すればよいのか分からない……。 たくさんの持病があって相談しにくい……。 そんな悩みを抱えた人たちをすべて受け入れて一人ひとりに寄り添いながら 診療を行うのが総合診療科です。日本医科大学付属病院の総合診療科では 院内の専門診療科と連携しながら丁寧かつ適切な医療を提供しています。 さらなる質向上に向けて研究や教育にも力を注ぐ 同科の高木元先生に総合診療について伺いました。

「東京ルール」を優先に
断らない診療体制を実現

―総合診療科とはどのような診療科なのでしょうか。

  • もともとは一般内科と呼ばれていた診療部門ですが、消化器、循環器、呼吸器というように臓器ごとに専門分野が分かれたことにより、全体を広く診る「総合診療科」として生まれ変わりました。診察するのは内科に限らず、症状を限定せずに幅広く対応します。原因がはっきりしない症状を訴えて受診される患者さんも多いため、専門的な治療を行う診療科へつなぐ役割をすることもあります。

  • 総合診療科と研修のメンバーたち

    メンバー

    多職種によるチーム医療を実践することはもちろん、すべての研修医が切磋琢磨する環境としても非常に充実しています

―日本医科大学付属病院の総合診療科の特徴を教えてください。

日本医科大学付属病院は日本で最初に救命救急センターが認可されるなど、常に日本の救急医療をリードしてきました。私たちは救急・総合診療センター(いわゆる救急外来)を運営しています。現在も年間に約8000台規模の救急車を受け入れ、365日24時間体制で、救命救急科と共に「断らない医療」を実践し続けています。

生命に関わる重症患者さんや外科的処置が必要な「三次救急」は救命救急科が担当し、それ以外の処置や入院が必要な患者さんは総合診療科が担当します。来院した多くの患者さんに対して迅速に緊急性を判断し、各科の医師たちと連携しながら治療へとつなげる体制ができています。CTなどの画像検査も、すぐに放射線科医が読影(画像を分析して診断すること)してくれる体制があり、患者さんの多くは受診して1時間以内に診断がつきます。

―「断らない医療」とはどのような体制なのでしょうか。

  • 総合診療センター

    365日・24時間体制で対応している救急・総合診療センター

  • 私たちは東京都内の救急医療機関が協力して救急患者を受け入れる「東京ルール」を最優先して対応しています。これは“たらい回し”を発生させないための仕組みです。東京を12のエリアに分け、当院は区中央部エリアの幹事病院に指定されています。夜間や感染症の流行時などで救急医療体制が逼迫(ひっ ぱく)した際も優先して受け入れるため、毎日一定数のベッドを空けて準備しています。

    実際にはベッドがすぐに満床になることもありますが、コーディネーターの調整により、初期治療の後に次の病院へ引き継ぐシステムが確立されています。一部のスタッフの自己犠牲に頼るのではなく、チームの仕組みで24時間体制を実現しているのです。

漢方や高気圧酸素治療など その人に適切な治療を提供

―総合診療科が独自に行っている診療はありますか。

当院では1970年代から高気圧酸素治療を導入しています。これは、潜水艦のような装置の中で酸素を吸入しながら気圧を上げることで、血液中に溶ける酸素を何倍にも増やし、傷や炎症の治癒を早める治療です。一酸化炭素中毒やガス壊疽(え そ)、腸閉塞などの急性期治療のほか、突発性難聴、網膜中心動脈血栓症、末梢動脈疾患などの難治性の病態にも有効です。

現在使っている新型の高気圧酸素治療装置は、気管内挿管している場合などに医師が付き添って複数人で入ることができる大型のもので、導入している学会認定の大学病院は全国でも数施設しかありません。

―東洋医学も積極的に取り入れているそうですね。

通常の治療では改善が難しい症状や、難治性の病気で苦しんでいる方も少なくありません。そういったつらさを取り除くには、西洋医学だけでは不十分な場合もあります。

日本医科大学付属病院は開院当時から東洋医学を取り入れてきた歴史があり、現在は「東洋医学外来」を設けています。患者さんの体質に合わせて漢方薬を処方するほか、定期的な講習会も行っています。

―東洋医学が有効なのはどのような患者さんですか。

がん、リウマチ、慢性肝炎、慢性腎炎、アレルギー性疾患、婦人科疾患など、さまざまな病気に伴う症状に対して有効性が期待できます。冷え性や食欲不振などの体質改善のほか、栄養状態が良くない入院患者さんに処方することもあります。

西洋医学に東洋医学の治療併用も考え、各診療科や管理栄養士、栄養サポートチームなどの多職種チームで連携し、患者さんからは「食欲が戻りました」「体が温まるようになりました」といった声を頂いています。

高気圧酸素治療室

  • 高気圧酸素治療室

    2.8絶対気圧で治療することで血流が届きにくい部位や低酸素となる疾患に酸素を届けます。炎症を改善したり有毒ガスを排出する効果もあります

    • 装置

      潜水艦のような大型の装置。日本医科大学付属病院の装置は、医師の立ち会い処置をしながら重症患者さんの治療を行えます

    • チェア

      治療衣に着替えて装置内に入り、酸素マスクを装着。リクライニングチェアに座って治療を受けます。約60分間にわたって2.8気圧の高圧環境を維持できます

未来の総合診療を見据えて
教育や研究を推進

―研究や教育で注力していることはありますか。

将来の医療を担う若い医師、学生の教育はとても大切です。VR(仮想現実)を活用した教育システムの構築に取り組んでいます。総合診療科は診察の基本を学ぶのに適していますが、珍しい症例などは経験する機会が限られます。例えば、皮疹(ひしん:皮膚に出る発疹)の診察などをVRの立体映像で再現したり、学生が点滴の仕方を自発的に学ぶ実習も行っています。

また、東京消防庁の協力を得て、学生が救急車に同乗して現場を学ぶ実習も行っています。病院に到着する前の医療行為を実際に経験し、医師としての自覚が向上したと、参加した学生が実感を報告してくれています。

―AIの利用はどうですか。

AIを活用して、表情や姿勢から患者さんの状態を判断するシステムを開発しています。さらに、入院患者さんの夜間の転倒事故を防ぎ、看護師の業務負担を軽減するための監視システムも企業と共同開発中です。

―最近の研究成果としてはどのようなものがありますか。

東京消防庁データベースを利用し、気候変動がめまいなどの体調不良に与える影響を解析しています。将来的には、天気予報の中で「今日はめまいが起きる可能性が高い」といった予測データを出せるようにしたいと考えています。 また、高気圧酸素治療が患者さんの経過に与える影響についても、科学的根拠(エビデンス)を蓄積するための研究に取り組んで

充実した教育体制

  • 静脈ライン挿入練習

  • 五感を使って学ぶVR講習

  • コツを掴むまで繰り返し練習

  • 超音波検査の練習

専門を限定せずに幅広く学べることが総合診療科の魅力。症状から診断し、適切な治療へとつなげる経験は、医師として必須のスキルです。VRなど最新技術を利用した教育プログラムも実施

院内の全診療科とつながり
チーム全員で解決に導く

―高木先生が総合診療科を運営する上で大切にしていることは何でしょうか。

「医師に孤独な決断をさせない」を合い言葉に、チーム体制を重視しています。難しい症例ほど、世代や職種を超えて情報を共有し、全員で解決策を考えます。24時間体制で多彩な症状から診断、治療へとつなげるために、各診療科、多職種の連携が力を発揮します。

最終的に、誰か一人の全力投球より、全員の一歩前進を目指しています。

―高木先生自身は総合診療科のどのようなところにやりがいを感じていますか。

病院内外のあらゆる人たちと関われることです。一人の患者さんに対し、さまざまな科の医師が診療を通じて意見を交わし、スピード感をもって診断・治療を行う環境は非常に心強いです。

ときには希少疾患に出会うことがありますが、皆のディスカッションで解決に至っています。

―とても充実したチーム医療を実践されているのですね。

医師や看護師などの医療職はもちろんですが、あらゆる多様性を重視したチームになっているのも強みです。総合診療科を受診する患者さんの中には外国人の方も多いため、英語や中国語に堪能なスタッフを雇用したり、定期的な英語勉強会も好評ですし、女性医師の比率を高めたりすることで、海外の方や婦人科系の疾患の悩みを抱える女性患者さんも安心して受診できる環境を整えています。

―最後に、克服したい課題や将来の目標を教えてください。

医療や病気の概念は時代と共に変化します。総合診療科としては、境界(ボーダー)を作らず、皆さんが「健康に暮らすこと」に貢献し続けたいと考えています。

私自身も常に偏りのない視点で、スタッフや患者さんの意欲を高められる存在でありたいと思います。

高木元先生

高木 元先生(たかぎ・げん)

日本医科大学大学院医学研究科総合医療・健康科学分野 大学院教授。日本医科大学付属病院救急・総合診療センター 総合診療科 部長。1993年日本医科大学医学部卒業。茨城県波崎済生会病院、神奈川県稲田登戸病院などを経て、米国アレゲニー大学、ペンシルバニア州立大学、ニュージャージー医科歯科大学に留学。帰国後、千葉北総病院、多摩永山病院、付属病院勤務。2024年より現職。以前の専門は循環器内科。高気圧酸素治療室室長、東洋医学科部長、老年内科部長を兼ねる。

高木先生の治療への想い

患者さんや病気を限定しない「身近な専門家」として
一人一人の生活や感情に寄り添います。

診療では、まず患者さんのお顔を見て、表情や話し方などにも意識しながらじっくりとお話をお聞きします。そのときにご家族が一緒にいるときは、ご家族から見た患者さんの状態なども伺います。私たちの目標は、ただ病気を治すだけでなく、患者さんの生活や治療が「破綻しない」ように守り抜くことです。「どこに相談すればいいか困った」というときには、どうぞ私たちを頼ってください。一緒に「最適解」を見つけ出しましょう。

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