特集
特集 臨床研究・基礎研究にも注力
「見える」を超えて「生きる」を支える医療へ
技術と心の両面から貢献する日本医科大学眼科
hippocrates 28号 2026年02月発行
幅広い眼科疾患を対象に最先端の眼科治療を実施
―日本医科大学眼科ではどのような治療を行っているのでしょうか。
眼科の対象疾患は非常に多岐にわたります。角膜・結膜疾患や炎症性疾患、緑内障など長期におよぶ薬物療法を行う疾患のほか、斜視弱視、白内障手術など、幅広い疾患に対応しています。白内障についてはクリニックなどでは治療が難しい、難治性の白内障手術を中心に行っています。
そのような中でも特に注力しているのは、網膜硝子体疾患の診療と研究です。代表的な網膜硝子体疾患としては黄斑前膜、黄斑円孔、糖尿病網膜症、網膜静脈閉塞症(BRVO、CRVO)、加齢黄斑変性、裂孔原性網膜剥離などがあります。これらはいずれも視力低下や変視、視野欠損など、生活の質(QOL)を著しく損なう疾患です。
―特に強みとしていることは何でしょうか。
日本医科大学眼科は、110年以上の伝統を持ち、全国で300名を超える同門医が活躍しています。付属病院に加え、多摩永山、武蔵小杉、千葉北総の4病院体制を敷き、臨床・研究・教育の三位一体で運営しています。医局員は約40名で、角膜・緑内障・網膜硝子体・眼炎症・斜視弱視などの専門領域を横断的にカバーしています。
付属病院での年間手術件数は2000件以上におよび、その中でも特に硝子体手術件数は2023年の約200件から2025年の500件へと増加しています。外傷などへの緊急対応が必要となることも多いため、夜間・休日の緊急対応体制も整備されています。
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手術風景
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検査風景
眼科医局スタッフたち
網膜硝子体の疾患に対する抗VEGF薬治療と硝子体手術
―網膜硝子体疾患について、もう少し詳しく教えてください。
網膜というのは、目の一番奥にあり、厚さ0・2ミリ程度の薄い膜です。角膜や水晶体で集めた光を網膜上の視神経で受け取り、電気信号に替えて脳に送ることで「見る」ことが可能になります。網膜の中心にある黄斑部は、ものの形や色など、視力の重要な部分を担っています。角膜・水晶体がカメラのレンズだとすると、網膜はフィルムのような働きをしています。
硝子体はコラーゲン繊維と水でできたゼリー状の透明な組織で、水晶体の後ろから網膜まで、眼球のほとんどを占めています。硝子体が濁ったり、網膜を引っ張ったりすることで、網膜剥離をはじめとしたさまざまな網膜疾患を引き起こすのです。網膜疾患の種類は100種類にもおよびます。
―どのような治療をするのですか。
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網膜硝子体疾患に対する主な治療法は、抗VEGF薬治療と硝子体手術です。抗VEGF薬は血管新生や浮腫を強力に抑制する薬で、視機能を回復・維持する治療として確立されています。主な適応疾患として、加齢黄斑変性、糖尿病網膜症などがあり、治療では細い針を用いて白目部分から硝子体に抗VEGF薬を注入します。硝子体注射は外来で日帰り治療が可能です。
当科では患者さんの負担をできるだけ軽減するため、術後の炎症が少ない手術を常に心掛けています。硝子体手術では、網膜剥離、黄斑前膜、黄斑円孔、増殖糖尿病網膜症のほか、増殖硝子体網膜症、眼外傷などの複雑な症例も対象に、非常に細い25ゲージ(約0・5ミリ)の針を用いて行う低侵襲な治療を行っています。
網膜硝子体外来では、年間約500件の入院・日帰り手術を行っています。また、硝子体手術を効率的に行える最新の眼科手術装置「眼底観察システムResightʀ」も導入しています。それにより診断の質が上がり、安全な処置が可能になりました。
―検査はどのように行いますか。
通常の眼科検査(視力、眼圧など)、眼底写真(通常、広角、自発蛍光)、光干渉断層計(OCT:Optical Coherence Tomography)のほか、見え方を調べる視機能検査(コントラスト感度、変視、不等像視、動体視力、距離別視力など)を行います。
「見え方」を評価する特殊視機能検査外来を開設
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―2024年4月に付属病院内に開設した「特殊視機能検査外来(視機能外来)」について教えてください。
特殊視機能検査外来とは、視力だけでなく「見え方の質」を数値化し、網膜疾患の治療前後での変化を評価する専門外来です。主に、明所・薄暮・夜間など多様な照明条件下で、視力・コントラスト感度・立体視・不等像視などを測定します。
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―どうして視機能外来を設立したのでしょうか。
一般的に、眼科治療後の治療成績は視力検査によって評価されます。例えば、治療前に0・1だった視力が治療後に1・0になっていれば、その治療は成功したと評価されるわけです。
しかし、視力検査の結果が1・0だったとしても、ものが歪んで見えたり、ものの大きさが左右で違って見える、薄い色の文字が読めないなど、「見え方」に問題がある患者さんが意外と多くいらっしゃいます。特に網膜疾患を抱えている患者さんでは、見え方の問題によって日常生活に困難を感じることがあります。
私たちは、ただ「見える」ようになれば良いとは考えません。生活の質のことを「QOL」と呼びますが、私たちは見え方の質を「QOV(Quality of Vision)」と呼び、日々の生活に関わるQOVを向上させることを目的に、この外来を開設しました。日本の眼科でこのような専門外来を持つ施設はほぼないと思います。
―どのような患者さんがこの外来の対象になりますか。
黄斑前膜、網膜剥離、糖尿病網膜症などで手術を受ける患者さんを対象に、手術前後で視機能を調べます。また、糖尿病黄斑浮腫、網膜静脈分枝閉鎖症に伴う黄斑浮腫などで定期的に硝子体治療を受ける患者さんに対しても、治療経過を調べる目的で視機能を評価しています。
―検査はどのように行うのですか。
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さまざま検査機器を設置した検査室で、視能訓練士が一つひとつ検査をしていきます。多種多様な検査を行うので、1人あたり30分から1時間くらいの時間を要します。
しかし、見え方は患者さんの自覚症状であるため、客観的評価がとても困難です。例えば、「ものが歪んで見える」といった場合でも、片目で見たときに歪むのか、両目で見たときに歪むのかによっても違いますし、「ものが見づらい」といった場合でも、明るいところでは問題なくても暗いと見えない、または近くは大丈夫でも遠くを見ると見えないということもあります。中には、青いものだけが見づらいといったケースもあります。しかも、片目が見えにくくても、両目で見えているように脳が調節するため、日々両目で生活している患者さん自身も片目の異常に気づいていないことがあるのです。
検査だけでは評価できないことも多いので、検査を担当する視能訓練士には、患者さんがふと漏らす「ここが見えにくいな」というような独り言なども、全て書き残しておくように伝えています。そうしたわずかなことも、評価のヒントになるからです。
―検査によって異常がわかった場合、治療が可能なのでしょうか。
見え方については未解明な部分がかなり多く、異常が見つかったとしても治療できるとは限りません。しかし、この外来はそのような症状を引き起こす原因を探り、治療法を開発するためのものです。ものが歪んで見える黄斑前膜という病気は、視力が低下しないため見過ごされがちなのですが、手術をすることで歪みが改善することがわかりました。
臨床・研究・教育を一体化
患者さんに近い存在であり続ける
―研究分野で注力しているのはどのようなことですか。
眼科学教室では、網膜疾患における視機能とQOLの関係を科学的に明らかにする研究に注力しています。視力という数値だけでなく、「見え方の質」や「生活の質」を重視する患者中心の臨床研究を展開しているのです。
主な研究テーマとしては、黄斑前膜、黄斑円孔、網膜剥離といった網膜疾患の術後の視機能やQOLの変化、糖尿病網膜症、網膜静脈閉塞症患者の抗VEGF療法による視機能の変化、立体視やコントラスト感度の変化の定量化、特殊視機能検査外来のAI解析による予後予測モデルの開発などがあります。
さらに、約1000例におよぶ硝子体手術データベースを構築し、画像解析を導入しました。術後の見え方とQOLの関連を可視化することで、個別化医療への応用を目指しています。
また、網膜疾患の臨床研究では国内有数のデータベースを構築し、視機能とQOLの関連を多角的に解析する研究に取り組んでいます。AI解析の導入や若手医師による研究推進を通じて、教育・臨床・研究のすべてで成果を挙げています。
―最近の研究の中でも着目してほしい研究はありますか。
数年前から取り組んでいるのが人工硝子体の研究開発です。水晶体は眼内レンズがありますし、角膜も角膜移植をすることができますが、硝子体は組織の代替品がなく、現状では網膜を押さえつけるためにシリコンオイルやガスを注入しています。しかし、シリコンオイルやガスでは入院して術後数日間うつ伏せで過ごさなければいけない、社会復帰が遅いなど、患者さんへの負担が大きい治療になります。
私たちが日本のメーカーとともに開発中の人工硝子体を用いた硝子体手術治療は、うつ伏せになる必要がなく、日帰り治療が可能になるかもしれません。臨床応用にはあと数年かかりますが、世界初の人工硝子体が実現すれば、眼科医療は大きく変わると思います。
―最後に、日本医科大学眼科教室の今後の展望を教えてください。
これからの教室運営では、臨床・研究・教育を一体化し、若手医師が主体的に学び成長できる環境を整えます。医師主導研究を通じたデータ発信を国際的に広げるとともに、AI・画像診断・視機能解析を融合させた新たな医療モデルを確立します。
そして、「技」と「心」を兼ね備えた眼科医の育成を通じて、患者さんに最も近い存在であり続けること。それが私の、そして日本医科大学眼科の目指す未来です。
岡本 史樹先生(おかもと・ふみき)
日本医科大学眼科学教室 大学院教授。1994年筑波大学医学部卒業。2001年筑波大学大学院にて博士号取得(医学博士)。同大学眼科学教室入局。総合守谷第一病院眼科医長、筑波大学臨床医学系眼科病院教授を経て、2023年より現職。主な研究テーマは、人工硝子体、視機能、網膜硝子体手術、視覚関連QOLなど。現在までに9000件以上の硝子体手術、22000件以上の白内障手術を執刀。
岡本先生の治療への想い
AIの時代だからこそ人間的な温かさと倫理観を持つことが大切。
「技術と心を兼ね備えた眼科医を育てる」ことが信条です。
教育理念である「技術と心」を軸に、術中指導・接遇研修・初診外来の振り返りなどを体系化し、AI時代に求められる“人間力を備えた眼科医”の育成を行っています。AIが進化しても、人間にしかできない判断があります。手術の技術はもちろん、患者さんの生活背景や希望を踏まえた“心の医療”を実践できる医師を育てたいと考えています。今後は、特殊視機能検査外来を核としたAI×視機能研究の深化、医師主導臨床研究の国際展開、若手医師が主体的に成長できる教育体制の整備を目指します。