特集
医学部の外国語科目
グローバルに活躍する医師を育てる
臨床・研究で使うための英語教育
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医学部での英語教育は、医師としてキャリアを積む上でとても重要な教科です。英語論文の読み書き、国際学会でのプレゼンテーション、外国人患者の診察など、さまざまな場面で“使える英語”が求められているからです。日本医科大学医学部では2023年度にカリキュラム改編を行い、第1学年から第4学年まで実践的な英語を学ぶ体制を整備。論文作成や医療面接などの授業を行い、「常により良い英語教育を探究している」という基礎科学外国語教室教授のスティーブン・カーク先生に、医学生への英語教育で重視していることなどを伺いました。
学習内容に重きを置いたCLILという学習法
―日本医科大学医学部の外国語教育の特徴を教えてください。
医学生にとって英語は専門ではなく、英語にはあまり興味がないという学生も少なくありません。そこで、英語を学ぶより、英語を通して学生自身が興味を持てるテーマについて学ぶ教育を行っています。
このように学習内容(content)の理解に重きを置いて外国語を学習する方法のことを「Content and Language Integrated Learning(CLIL:クリル)」と呼びます。日本語では「内容言語統合学習」と訳されています。
日本医科大学医学部では、2023年度のカリキュラム改訂により、第1学年の英語1A、1B、1C、1D、第2学年の英語Ⅱ、第3学年の英語Ⅲ、第4学年の英語Ⅳとなりました。現時点で第2学年までなので、来年度から第3学年の授業を行うことになります。
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―第1学年の授業はどのような内容なのでしょうか。
日本人大学生の英語学習のほとんどは単語と文法の勉強ですが、本学の英語のカリキュラムは、インプットとアウトプット、および流暢さの向上に重点を置いています。その視点で第1学年には4科目での英語の授業を行っています。
英語1Aは多読によるインプットと基本的なアカデミック・ライティング能力に重点を置いた授業、英語1Bはリスニングとスピーキング練習、英語1Cは英語でのプレゼンテーションの技術と英語の医学用語を習得、1Dは科学研究のための授業、以上の4科目です。英語の授業は基本的に30人クラスとなっていますが、1Cだけは全員が話せるように1クラス15人の少人数で行っています。
―その中でも1Dはかなり特徴的な授業を行っているようですね。
1Dでは学生が4人ずつのグループを作り、まず英語の科学論文の読み方を学びます。各グループは、私たちが選んだ15本くらいの論文の中から1本を選び、その内容を読み込みます。その上で、その論文に書かれている先行研究にもとづいて、自分なりの新しい実験を考えてもらいます。
その後、クラスメイトが被験者となって実験を行います。実験では認知心理学実験を作成するソフトや統計解析のWEBソフトを使うこともあります。この授業によって科学論文を書く流れや統計データの読み方などを学ぶことができると思います。
そうして書いた論文については、3学期に発表する場を設けます。発表も質疑応答も英語なので、海外の学会発表の練習にもなるでしょう。
医師役と患者役に分かれて
医療面接をシミュレーション
―第2学年にはどんな授業を行っているのでしょうか。
第2学年の英語では、学生が医師役と患者役になって医療面接を行います。この大学に赴任したばかりのときは第1学年で医療面接を行っていたのですが、第1学年ではまだ医学の知識も医師としての自覚もありません。第2学年でも医学の知識はほとんどありませんが、第2学年から付属病院の近くの千駄木キャンパスで学び始め、解剖学実習も始まって気持ちの上での変化もあると思うので、第2学年で医療面接を行うことにしました。
―医療面接はどのように行うのでしょうか。
授業の前半では、関節炎、盲腸などといった10種類の病気から一つを選び、自分でその病気について調べます。そして、調べてわかったことをまとめて、自分で作成したビデオプレゼンテーションをアップします。そうしてクラスメイト全員が10種類の病気についての知識を共有できるようにします。
次に、医師と患者の問診の基本的な会話を学んでから、医師役と患者役に分かれて面接を行います。このやりとりを、医師役と患者役を交代しながら何度も繰り返します。
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―かなり実践的な内容ですが、意識していることはありますか。
第2学年になると実習の授業もあってさらに忙しくなるので、授業時間内にしっかり学ぶことを徹底しています。毎週、授業開始から5分間は医療面接のキーワードについての簡単なクイズを出すのですが、毎週同じクイズに答えてもらうので、自然と知識が身につくようになっています。
最近聞いた話では、海外クリニカルクラークシップで留学中の6年生が、現地で救急外来担当のときに救急の患者さんの医療面接を担当することになり大慌てだったそうですが、この授業のことを思い出して落ち着いてできたのだそうです。その後のOSCEや実際の診療でも、患者さんに伺うべきことの指針として役立っているとのことでした。授業内容を実践できたと知り、とてもうれしかったです。
―第3学年からはどうなるでしょう。
第3学年と第4学年は授業数が少ないので、タスク(目的)に基づいた言語習得法であるTBL(Task-based learning)を中心に行います。
第3学年になると臨床医学についても学び始めますから、第3学年では医療用語とプレゼンテーションを、第4学年は実験のデザインの種類(randomized controlled trial, case-control study, meta-analysisなど)を学び、医学研究論文を読み、評価する予定です。
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外国語教育は、専任教員が3人、非常勤講師が6人の計9人で、一人の日本人教員以外は全員がネイティブスピーカー。日本語が堪能なカーク先生だが、学生とのやりとりは基本的に英語で行うようにしている
レベル分けテストをもとに1クラス15~30人前後のクラスで授業を行う。授業はすべて英語で行い、プレゼンテーションなど学生自身が英語で発表をする機会も多い。学生同士のディスカッションも可能な限り英語で行うよう指導
文法を教えようとせず
自然にインプットさせる
―先生の研究についても教えてください。
私は大学院時代から第二言語習得について研究してきました。主な研究テーマは、第二言語の流暢性、および第二言語習得とその教授法です。
日本医科大学に来てからも継続している第二言語の流暢性研究では、2017年に科研費(科学研究費補助金)を受けることができ、反復練習の方法によって学生の流暢さがどのように向上するのかを研究してきました。
また、2021年に2回目の科研費を受け、今年度からは文法構成の技術を獲得する助けになる反復技法の研究を始めています。これは何度も繰り返す反復練習によって、文法も自然に頭に入るようにするというものです。日本の学校では文法のための学習を行いますが、第一言語のように、わざわざ学ばなくても自然に頭に入ってくるということを研究しています。
―文法も自然に身につけることができるのでしょうか。
20年くらい前までは、私も文法を教えていました。当時は、どうすれば理解しやすくなるかを考え、工夫して教えると学生は「わかった!」という顔をしてくれるので、自分の文法教育にかなり自信がありました。
しかし、彼らは私が教えた文法を理解できたとしても、結局のところ、話すことができません。それでは習得したことにならないのです。そのことに気づいてから文法を教えないようになりました。今は、特別に文法を勉強しなくても、使えば使うほど自然に整理されていくと考えています。
反復練習の大切さを教えてくれた生徒たち
―カーク先生はなぜ英語教育を研究し始めたのですか。
大学では心理学と言語学を学び、1995年から英会話教師になりました。その頃から、学生がさらに上達できる方法を模索し、常に改善し続けてきました。現在のような研究を始めたのも自然なことです。
―その中で反復練習に着目するようになったのですね。
反復練習の大切さを教えてくれたのは、英会話教師時代の生徒さんです。その生徒さんは何年も私のところに通っているのに、どうしても「I am」「You are」「He is」を理解できませんでした。なぜこんなにも理解できないのか、私もすごく悩みました。
そこで、その生徒さんに対しては『Are you~?』『I am~』だけを繰り返す授業を行うことにしました。それがまさに反復練習で、その生徒さんも徐々に正しい使い方ができるようになりました。そういったやり方を現在に至るまでずっと続けているのです。
―最後に、英語を学ぶ学生たちに望んでいることを教えてください。
第1学年で学んだ英語論文や英語面接の経験を、将来どこかで役立てることができればと願っています。
以前私が教えていたある学生は、英語学習の意欲が低く、英語には興味がなかったのですが、第2学年のときに少し頑張ってみたところ、日常会話ができるくらいに上達しました。最近その生徒が「街中で外国人から声をかけられて、手助けすることができた」と報告してくれたのです。その報告が何より喜ばしく、語学を通じてそのような体験をする学生が増えてほしいと思っています。
スティーブン・カーク先生(Steven Kirk)
基礎科学外国語教室 教授。1990年米国Massachusetts Institute of Technology言語学の専門で哲学部卒業。2002年米国University of Washington修士号(英語教授法)取得。2016年英国University of Nottinghamにて博士号(応用言語学)取得。2003年に来日し、神田外語大学外国語学部、東京大学教養学部特任講師を経て、2017年日本医科大学外国語准教授に就任。2023年より現職。研究テーマは「第二言語の流暢性」「第二言語習得とその教授法」。
カーク先生の英語教育への想い
たくさん見て、たくさん読む、インプットが大切。
繰り返すことで文法も身につき、流暢性が向上します。
ポール・ネーションという第二言語習得の学者によると、効果的な外国語学習には「意味に集中してインプット」「意味に集中してアウトプット」「流暢さを向上する反復練習」「単語および文法構造の勉強」という4つの要素が必要だということです。まずは、英語のビデオを見る、小説を読むなど、内容を100%正しく理解できなくて構わないので、たくさんインプットすることから始めてみてください。英語を使う機会が少ないという人でも、英語が怖くないようになってほしいと思います。