特集

武蔵小杉病院の感染制御部

感染から病院を守る
最強の多職種連携チーム

新型コロナウイルス感染症の流行からもわかるように、ひとたび感染症が広がれば、人や社会は大きなダメージを受けることになります。そのような感染から患者さんや医療スタッフを守り、安全に医療を提供するために感染予防と治療の全般を行っているのが感染制御部です。医師、看護師、薬剤師、臨床検査技師、事務スタッフが一丸となった感染対策のチーム医療について、日本医科大学武蔵小杉病院感染制御部の小林美奈子先生に伺いました。

5つの専門職が連携して感染症対策に取り組む

―感染制御部はどのような組織なのでしょうか。

日々の診療業務における感染対策や衛生管理指導、院内の感染症発生状況のモニタリング、抗菌薬の適正使用のモニタリングと指導、感染症の診療のコンサルテーション、職員のワクチン接種、感染症対策の情報提供など、病院内の感染に関わる全てを担っています。患者さんと医療スタッフはもちろんのこと、患者さんと医療スタッフの家族も対象になります。

感染制御部はもともと2004年にICT(感染対策チーム:Infection Control Team)からスタートしました。その後2010年に感染制御部が設立され、2018年にAST(抗菌薬適正使用支援チーム:Antimicrobial Stewardship  Team)が立ち上がってからはICTとASTの2チーム体制で取り組んでいます。

―感染制御部のメンバー構成を教えてください。

医師、看護師、薬剤師、臨床検査技師、事務の5職種の7人で構成されています。医師である私はICD(インフェクションコントロールドクター)であり、その他にも外科周術期感染管理認定医・教育医や抗菌化学療法認定医・指導医の資格を有しています。その他のメンバーも感染管理認定看護師、感染制御認定薬剤師、抗菌化学療法認定薬剤師など、感染対策に関する専門資格を持っているプロフェッショナルたちです。

看護師は正しい感染対策の教育・指導を行い、院内感染が起きた場合には現場の状況を確認・把握して正しい対策ができるように指導します。薬剤師と臨床検査技師は、抗菌薬の使用状況や薬剤耐性に関するASTでの活動を中心に行っています。そして、全体の統括をするのが医師です。

また、呼吸器内科、救命救急科、消化器外科の医師たちがICT活動に協力してくれています。

  • 日本医科大学武蔵小杉病院
    感染制御部の多職種スタッフ

    前列右より、菅野絵理看護師、小林美奈子医師、上野ひろむ看護師、後列右より酒匂川徹薬剤師、先崎貴洋薬剤師、臼井一城臨床検査技師、柴沼頼孝事務職員

  • staff

現場スタッフの教育など
感染制御を行うICT

―ICTでは、どのような活動をしているのですか。

  • ICTは毎週1回以上のミーティングを行い、院内の感染症の発生状況を確認しています。万が一、院内感染やアウトブレイクが発生したら、速やかに状況を把握して、感染を広げずに早期に終息させるための対策を立てて実行します。

    感染防止のための情報提供やマニュアル作成も重要な仕事のひとつで、4月には新しく入職してきた職員を対象としたオリエンテーションを行うほか、定期的に院内感染防止対策セミナーを開催しています。

  • 体制

院内感染を防ぐ対策で「基本の“き”」といえるのは、手指衛生の徹底です。手指衛生を行うべきタイミングに、正しい手順できちんとできるように、情報提供や教育を行い、正しく行えていない場合は指導をします。手指衛生をはじめとした基本的な対策を怠らなければ、感染率は確実に下がっていきます。

―特に重視しているのはどのような感染症ですか。

医療機関において原疾患とは別に罹患する医療関連感染です。医療関連感染としては、カテーテル関連尿路感染、人工呼吸器関連感染、カテーテル由来血流感染、手術部位感染などがあり、それぞれの院内発生率をチェックしています。

抗菌薬を適切に使うよう
チェックや指導をするAST

―ASTの「抗菌薬の適正使用」とはどういうことですか。

抗菌薬(抗生物質)は、大腸菌や黄色ブドウ球菌、結核菌などの細菌感染症の治療に使われる薬です。しかし、抗菌薬を必要以上に使用してしまうと、特定の抗菌薬が効かなくなることがあります。このように薬への耐性を持った細菌のことを薬剤耐性菌といいます。薬剤耐性菌が増えると、抗菌薬で治療できていた感染症が治療できなくなり、多くの人の生命が危険にさらされることになります。今や薬剤耐性菌は世界的な重大問題とされているのです。

ASTでは、薬剤耐性菌を発生させないために、院内の抗菌薬の使用量や投与法を全てチェックして、正しく使用するように指導しています。

  • ―院内の全ての診療科が処方する抗菌薬をチェックしているのですか。

    はい。感染制御部の薬剤師が全てチェックして、適正か適正でないかを確認すると同時に、それぞれの薬がどのような使われ方をしているのかを長期的にモニタリングしています。そのレポートに基づいて、医師と薬剤師によるカンファレンスを週3回行い、適正に使用できていない症例にはカルテに書くなどして適正使用の指導を行っています。

    臨床検査技師は、細菌検査室で行われている微生物検査の結果を誰よりも早くキャッチできるので、薬剤耐性菌などが発生したらすぐに情報が共有されるようになっています。

    ―一般の人たちは、あまり薬剤耐性のことを知らないかもしれませんね。

    抗菌薬はどんな感染症にも効くと思っている人もいるようですが、抗菌薬は細菌感染のための薬で、ウイルス感染には効きません。そこを正しく理解してほしいです。

  • graph

抗菌薬を不必要な期間・量にて使い続けることは、耐性菌発生以外の問題もあります。子どもの頃にある種の抗菌薬を不適切に投与されると、肥満になりやすいことが報告されています。これは抗菌薬によって腸内細菌叢の多様性や組成が変わってしまうために起こるとされています。かつては食用のニワトリに抗菌薬を飲ませてわざと太らせていたそうで、同じことが人間でも起こるリスクがあります。そのような意味でも、抗菌薬を正しく使うことはとても大切です。

コロナ禍を経験して
地域連携の大切さを知る

―やはりコロナ禍は大変でしたか。

本当に大変でした。私がこちらの病院に着任したのは2021年なのですが、その時期は武蔵小杉病院が新病院に移転する準備のまっただ中でした。新型コロナウイルス感染症の第4波が押し寄せている時期に、これからできる新病院での患者さんの導線や入院患者さんへの対応、ワクチン対応などを全部イチから図面上で作っていかなければいけなかったのです。そうして作った対策を、病院の皆さんに周知させることにもかなり苦労しました。

そこから最近までの数年間は、平日は病院で対策、週末は地域住民へのワクチン接種のお手伝いというように、ほぼ休みなく走り続けてきました。感染症法の分類が5類になったからといってコロナの患者さんが減るわけではありませんから、それまでと同じように対策をし続けていました。

  • ―コロナ禍を経験したことで感じた課題などはありますか。

    行政や周辺の病院・クリニックなどと連携することの大切さを感じています。2023年9月には、新型コロナウイルス感染症のような新興感染症の発生を想定した地域連携訓練を行いました。この訓練では、川崎市の健康福祉局や健康安全研究所などの行政機関、病院・クリニックなどの担当者が80人くらい参加して、新興感染症が発生したときの報告経路や対策、情報共有の方法などをシミュレーションして確認しました。

    武蔵小杉病院がある神奈川県川崎市は当院のほかにも大学病院があり、地域の医療機関との連携が進んでいるエリアですが、行政との連携は十分とはいえなかったので、連携を強化するよい機会となったと思います。

  • しくみ

―感染制御部は院内の各現場や多職種での連携が重要ですが、そのために意識していることはありますか。

私たちが直接患者さんと接することはほぼなく、医師をはじめとした医療従事者やスタッフへの支援や教育が主な仕事なので、和やかで円滑なコミュニケーションを心掛けています。こちらが強い口調で話したりすると、皆さんが現場のことを話しにくくなってしまうので、そうならないような雰囲気作りは大切にしています。

―最後に、一般の人に向けて、感染対策で気をつけてほしいことを教えてください。

手指衛生はどんな感染に対しても有効なので、やはり手洗いをしっかりしてほしいです。食事前はもちろん、外から帰ったときや汚れている可能性があるものに触れた後などはしっかり手洗いをしてください。

新型コロナが流行った当時は皆さんがマスクと手洗いをしっかりしていたので、毎年猛威を振るっているインフルエンザもほとんど発生しませんでしたよね。その効果は私たちが驚いたほどですから、ぜひ毎日徹底してください。

小林 美奈子先生

小林 美奈子先生(こばやし・みなこ)

2002年三重大学大学院医学研究科修了。医学博士。三重大学講師、防衛医科大学校講師を経て、2021年より現職。もともとは消化器外科医だったが、手術後の感染対策に取り組む中で興味を抱き感染症の道へ。所有資格は、外科周術期感染管理認定医・教育医、抗菌化学療法認定医・指導医、ICD(インフェクションコントロールドクター)など。専門分野は、感染症、化学療法、感染制御、外科感染症、消化器外科。

小林先生の感染制御への想い

消化器外科医から感染症医に転身。
正しい対策や治療が効果に直結することがやりがい。

私はもともと消化器外科医としてがんの手術をしていましたが、手術後の感染症をどうにかしたいという想いから感染対策に興味を持ち、感染症医になりました。がん診療では手術してから治療の効果がわかるまで何年もかかるのに対して、感染症診療では適正な抗菌薬を投与すればすぐに治ることにもやりがいを感じています。ここ数年は新型コロナウイルス感染症対応に追われていて、本来やるべき感染制御活動が難しい状況にありましたが、国内トップレベルの感染制御部を目指して、武蔵小杉病院の感染制御部のレベルアップを図っていきます。

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