特集
数理・データサイエンス・AI教育センター
次世代のAI医療を見据えて
AIを自在に使いこなす医師を育成
AI知識はもはや大学生の「読み書きそろばん」
―医学系大学でAI教育を行うようになった経緯を教えてください。
藤崎 まずその前提として、2019年に日本政府が「AI戦略2019」を策定したことがあります。AI戦略では、「デジタル社会の『読み・書き・そろばん』である『数理・データサイエンス・AI』の基礎などの必要な力を全ての国民が育み、あらゆる分野で人材が活躍すること」を目標として掲げ、教育機関での大幅なカリキュラム改変が求められました。
加えて、2016年に内閣府が打ち出したSociety5・0では、AIを用いて多種多様な医療データを解析することが想定されるため、医療関係者は早急にこの流れに順応することが求められます。こうした流れを受けて、令和4年度に改訂された医学教育モデル・コア・カリキュラムでは「情報・科学技術を活かす能力」が医学者の資質として追加されました。
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―日本医科大学では、どのようにAI教育を進めてきたのでしょうか。
藤崎 従来の医学教育は生命科学が中心でしたが、本学ではAIをはじめとした情報科学の比重が高くなる将来を見越して、ロボット手術、VRを用いた救急医療や教育、アンドロイドを用いた診断に関する教育体制が整えられてきました。生物学と情報科学を融合させたバイオインフォマティクスや臨床応用ロボットの研究は、東京理科大学や早稲田大学などと連携して進めています。
―数学は医学にどのように関わるのでしょうか。
中澤 新型コロナウイルス感染症が大流行していたときに感染者数の増加具合を予測するニュースなどを見たと思いますが、予測シミュレーションは微分方程式を用いて計算しています。臨床研究や基礎研究のあらゆる分野においても数理解析が不可欠ですから、医学生のうちから線形代数や確率論・統計学などを学ぶのです。
最近では、世界中の数理医学、数理生物関連の研究者たちが集まって、医学のさまざまな問題を数学的アプローチで解決しようという活動がとても盛んになっています。
臨床や基礎の医師が現場での活用事例を講義
―日本医科大学の数理・データサイエンス・AI教育センターが設立された経緯を教えてください。
中澤 数学教室では以前から統計学やコンピュータリテラシーなどAIに関わることを一部教えていましたし、物理学教室でもPython のプログラミング授業を行なってきました。
そのような土台があったことに加えて、冒頭お話ししたようなAIブームの流れがあり、数学教室と物理教室のAI関連科目にリテラシー教育を統合した人工知能概論という12コマの科目をスタートすることになりました。そこで、人工知能概論を統括する機関として、2021年9月に設立されたのが数理・データサイエンス・AI教育センターです。
―数理・データサイエンス・AI教育センターとはどのような組織ですか。
藤崎 物理学教室と数学教室が中心となって、AIやデータサイエンスに関するリテラシー教育を実施していますが、あくまでも医学教育の一貫として行うことを重視しています。本学のAI教育の特長として、救命救急科の五十嵐豊講師、放射線科の町田幹講師、泌尿器科の赤塚純講師、形成外科の秋元正宇教授といった臨床医学の先生方にも加わっていただき、臨床現場でのAI活用例を講義していただいています。
―医学生に対して、どのような授業を行っているのですか。
藤崎 2023年度の授業では、「人工知能とは」「データとは何か」といった概論的な内容のほか、「AIと救急医療」「画像診断におけるAI活用」「医療におけるさまざまなAI化」といった医療現場での活用事例については、それらを活用している臨床医が講義を行います。
次にプログラミング言語Pythonについての入門を行ってから、実際の数値データや画像データを使って、AIやデータサイエンスの利用法に関して手を動かして学んでもらいます。とはいえ、多くの医学生はプログラミング未経験で、コンピュータの知識に乏しいので、他大学の物理学科や情報学科の修士課程や博士課程の学生にティーチングアシスタントとしてサポートしてもらっています。
さらに進んだことを学びたい学生は、本学の特色であるGPA上位者プログラムや3年生時の研究配属というプログラムでAI関連の研究をすることが可能ですし、学部でのリテラシー教育と直接の関係はありませんが、本学の大学院でもAIについて学ぶコースが設けられています。
―今話題の生成AI(ChatGPT)を実際に使ってみる授業も行っているそうですね。
藤崎 ChatGPTをうまく使いこなすことの意義とともに、現時点ではさまざまな問題もあるので、悪用や誤用をしてはいけないということを最初に伝えます。そのうえでChatGPTを使って長文を要約させたり、俳句を作らせたり、国試を解かせてみたりさせて、ChatGPTの能力や限界を認識してもらいました。この分野は進歩が激しいので、来年度は今年度とはまったく異なる授業内容になるのではと思います。
限られた授業時間の中医療情報や高度な数学も学ぶ
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本学の特色としての医学データに基づく授業内容
前立腺がんデータ(左上)、AIを用いたCT画像の復元(左下)
有限要素法を用いた褥瘡のシミュレーション(右) -
―このような授業を通してどんなスキルを身につけてほしいですか。
藤崎 画像診断については人間の能力を超えたAIが行い、いずれ放射線科医は不要になるといわれてきましたが、そのような話題が出てから10年経ってもそんなことにはなっていません。これからさらに技術が発展したとしても、AIは道具にすぎません。
だからこそ、道具としてのAIやデータサイエンスを活かして診療や研究ができる医師になってほしいと願っています。そのために医学生のうちに数学や情報科学を学ぶ必要があるのです。
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―これから新たに取り組みたいことなどはありますか。
藤崎 今まさに来年度からの高学年に向けた新カリキュラムを検討しているところです。現カリキュラムでは、1年生で人工知能の基礎やPythonでのプログラミングを学んだ後に、2年生、3年生とレベルアップしていきますが、医療とのつながりを強めるという意味も込めて、医療情報を扱う授業を増やしていきたいと考えています。
中澤 数学では人工知能や統計学の基本である線形代数をより深く学んでほしいと思っているのですが、医学生は勉強することが多くてそこまで授業数を増やせないのが悩ましいところですね。それでも去年まで板書で行っていた線形代数の授業を実習室のパソコンで学べるようにするなど、学びやすい環境を整備しています。
藤崎 線形代数のなかでも行列は、人工知能に絶対必要な基本ですからね。確かに、医学生としては生命科学分野が中心になりますが、文科省が文系理系全ての大学生が人工知能について学ぶことを推進しているので、高校生や中学生で学ぶ数学のレベルも変わるはずです。となれば、私たちが大学で教える内容もそれに合わせて変わっていくでしょうね。
臨床や研究での応用など全学でのAI活用を強化
―日本医科大学では、教育だけでなく、臨床や研究においてもAI導入が進んでいるそうですね。
藤崎 はい。本学の解析人体病理学ではAIを用いた病理画像解析やAI解析モデルから生まれる新たな診断法・病理理解・治療法への発展を目指した基礎的な研究を行っています。2023年6月には、日本電気(NEC)、理化学研究所と共同で電子カルテとAI技術の融合研究を進め、前立腺がんを対象として医療ビッグデータを多角的に解析するマルチモーダルAIを構築したことを発表しました。
また、AIに精通した人材育成の取り組みも重要課題のひとつで、泌尿器科、放射線科、病理学科、形成外科、救命救急科では、シミュレーション教育にどのようにAIを活用するかという議論が進められているところです。
―このセンターでAIなどの先端技術を身につけた学生たちには、将来どのように活躍してほしいですか。
藤崎 現時点でも、AIなどを活用しつつ数理的なアイデアで活躍している医者や医学系研究者が多数います。そのスキルをさらに広い社会に貢献するために起業したり、留学してグローバルに活躍するなど、医学と人工知能のスキルを持っていることで、さらに活躍の場を広げてほしいですね。
そんな学生から刺激を受けることも多いので、私自身も研究者として、人工知能を使って生きている細胞の動きを調べるような研究を進めていきたいと思っています。
中澤 その気持ちは私も同じです。私は、数学を使って医学研究をやりたいという学生と一緒に、未だ解けていない問題を解いて世の中に貢献したいと思います。それが研究者として、また教員としての希望です。
藤崎 弘士先生(ふじさき・ひろし)
数理・データサイエンス・AI教育センター センター長
物理学教室 教授
1993年早稲田大学理工学部応用物理学科卒業。東京大学大学院にて博士号(理学)取得。2019年より現職。専門分野は生物物理、化学物理。主な研究テーマは、細胞ダイナミクスのモデリング、タンパク質の構造変化に関する理論計算、生体分子の量子ダイナミクス。
中澤 秀夫先生(なかざわ・ひでお)
数理・データサイエンス・AI教育センター副センター長
数学教室 教授
東京都立大学にて博士号(理学)取得。2012年より現職。専門分野は数理解析学、数学解析。主な研究テーマは、偏微分方程式、スペクトル解析、散乱理論。