特集
付属4病院 女性診療科・産科の取り組み
女性の一生に寄り添えるように
安全で快適な分娩を目指して「備える」
産科と同一フロアにあるNICUとGCU(新生児回復室) [武蔵小杉病院]
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産科病室 [武蔵小杉病院]
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パープルが基調の産科病棟の廊下 [武蔵小杉病院]
女性の一生涯の健康を支援する「女性診療科・産科」
─まず、日本医科大学の女性診療科・産科の特徴について教えていただけますでしょうか。いわゆる産婦人科とは、どう違うのでしょうか。
「産婦人科」というと、妊娠・出産管理と婦人科疾患治療に取り組むだけの診療科と捉えられがちです。しかし、そうではなく、思春期から老年期まで、女性の一生涯をサポートしていける診療科であるべきとの考え方から、「女性診療科・産科」と改称しました。
本大学の女性診療科・産科では、妊娠・出産・育児という女性にとっての大きなライフイベントを意識しながら、女性の快適な社会生活を妨げるさまざまな心身の問題を解決していけるよう、周産期、婦人科腫瘍、生殖医療、女性医学におけるスペシャリストをバランスよく育成します。
また、付属4病院においては、各地域のニーズに対応できるような人員配置も行っています。例えば、付属病院では、最先端高度医療が可能である他科や高度救命救急センターとも連携して、ハイリスク妊娠・分娩管理、難治性婦人科疾患管理、低侵襲婦人科手術、高度生殖医療、産婦人科救急対応を行っています。多摩永山病院では、広域にわたる周産期病診連携ネットワークの構築、千葉北総病院では、婦人科良悪性腫瘍管理および婦人科救急疾患対応に、より力を入れ診療しています。
─武蔵小杉新病院の女性診療科・産科の特徴を教えてください。
武蔵小杉病院のある川崎市中原区は、人気のタワーマンションが連立する新興住宅街です。若い人たちが多く移り住んで来られていることを意識して、特に妊娠・出産・育児に対して切れ目のない支援ができるように、周産期部門を中心に診療しています。
武蔵小杉病院は、地域周産期母子医療センターとして、出産前後の母体および胎児・新生児に対する高度で専門的な医療を提供できる機能が整備されています。
新生児集中治療病床(NICU)15床を含む計21床で、在胎26週以降の新生児管理・治療を行うことができます。さらに、外科手術が必要となった場合でも、小児外科専門医とともに治療に当たることが可能です。
妊娠中に胎児疾患が疑われた場合は、新生児科医らと一緒に胎児超音波検査を行って、診療方針を決定しており、不安な気持ちでいっぱいの妊婦さんとご家族に寄り添えるように、「精神科リエゾン看護師(*)(精神看護専門看護師)」を含めた多職種でサポートする体制を構築しています。
さらに、主に婦人科良性疾患を想定した内視鏡手術のスペシャリストを配置しており、できるだけ傷痕の目立たない低侵襲手術も心掛けています。
妊娠は女性が健康を見つめ直す好機
─女性診療科・産科の先生方は、女性の一生涯の健康において、妊娠・出産をどのように考えられているのでしょうか。
妊娠して子どもができるということは、女性にとって自分よりも大切な存在ができるということでもあります。そのことからも、妊娠というのは、女性が自分の心身の健康状態や子どもの成長を通して人生を見つめ直す機会となり得ます。
最近では、「プレコンセプションケア」が注目されています。コンセプションとは受胎の意味で、計画している方、計画していない方を含め、全ての女性が、いつの日にか授かるであろう子どもと、親になる自分のために、妊娠前から健康状態を向上させるためのケアのことです。
これは、例えば何か持病のある女性が、妊娠に向けてどのようにしていれば最良の妊娠経過になるかだけではありません。さらに、長いライフビジョンを考えた自分の健康を整えられるかまでも含めて、幅広く考えられるようにするためのケアなのです。
最良の妊娠経過につなげるための方法や時期について相談を受けるのですが、ケアに当たって私たちが心すべきことがあります。例えば身体疾患を抱えている女性は、妊娠の希望があることを遠慮して自分からは言い出せない傾向にあります。そのため、必ず私たちの方から、妊娠を意識した会話に持っていくように心掛けています。予期せぬ妊娠になってしまう可能性もありますので、全ての女性に対して、妊娠した場合の対応やシミュレーションについて話しておくことが望ましいとされています。
妊娠が終了しても、次の妊娠や長いライフビジョンを見据えた「ポストコンセプションケア」も忘れないようにしています。
セミオープンシステムで近隣の産科と連携
─安全な妊娠・分娩管理のために先生方が心掛けていることは何でしょうか。
妊娠は病気ではありません。何の医療介入なしでも、60~70%の方は無事に元気な赤ちゃんを出産することができますが、急変することもあります。特に分娩中の急変は、誰にでも起こり得ることでもあり、いつ発生するのかも分かりません。
私は、分娩時の事故で脳性麻痺になった赤ちゃんに無過失補償を行う「産科医療補償制度」の原因分析委員を務めていますが、それまで何もなかった胎児が分娩中に突然、状態がおかしくなり、不幸な転機となってしまったレポートを数多く分析してきました。
そのため、あらゆる急変に対して常に「備える」ということが重要です。例えば胎児が急変した場合、麻酔科・新生児科の先生に緊急招集をかけ、可能な限り速やかに、遅くとも30分以内に帝王切開を行い、生まれた赤ちゃんを蘇生できるように、シミュレーションを繰り返し行っています。
新しい武蔵小杉病院は、このことを意識して、分娩室が手術室や新生児病棟と隣接しており、緊急時は直ちに駆け付けたり、妊婦さんを移送したりできるような構造にしました。
そして、新病院になってからは、付属病院や多摩永山病院ですでに採用している「セミオープンシステム」を導入する予定です(多摩永山病院の例は、本誌vol.7「創人」で紹介)。
セミオープンシステムは、妊婦さんの利便性を考えて、妊婦健診をできるだけ近隣の産科クリニックで受けていただき、ポイント健診と出産の時だけ、大学病院に来ていただくシステムです。このシステムの運用が始まると、妊婦健診のほとんどを夕方の仕事帰りや日曜日に、しかも近くの医療機関で受けることができるようになります。分娩管理については、麻酔科医や新生児科医がいて、最先端の機能が備わっている大学病院で受けられることになります。
─最近では分娩に快適性も求められていますがいかがでしょうか。
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武蔵小杉病院では、快適な分娩が提供できることを目的に、今年4月から麻酔科医と協働で「計画無痛分娩」を開始しました。無痛分娩は、2017年に無痛分娩中のいろいろな事故が繰り返しマスコミで報道され、あたかも危ない出産法のように扱われましたが、実際には分娩中の高血圧を予防でき、しかも陣痛の痛みが和らぐことで出産への恐怖やストレスが軽減するなど、むしろ妊婦さんが落ち着いて出産に臨める快適な分娩方法なのです。
安全な無痛分娩の実施を確保するに当たって、やはり急変に対して「備える」ことができる体制づくりが重要です。私たちは、麻酔科医や助産師と繰り返し事例検討やシミュレーションを行って、安全で快適な無痛分娩ができるように努めています。
─その他に、妊産婦さんの特徴はありますでしょうか。
最近は、妊産婦さんのメンタルヘルスケアの重要性が注目されています。
女性のライフサイクルの中でも、妊娠・出産・育児期は心身ともに大きな変化が突然起こるため、ストレスを抱えやすくなり、精神面を含めてさまざまな社会的支援を必要とする方が増えています。特に出産後は、母親になった喜びを自覚する一方で、育児中心の生活に戸惑ったり、母乳が足りているか不安になったりして、うつ状態になりやすくなります。
国内の最近のデータでは、10%前後の方が「産後うつ病」にかかっているといわれています。産後うつ病は、妊娠中から不安を訴えていたり、産後の身体の回復が思い通りにいっていなかったり、また、パートナーや周囲との関わりに不安を抱えている方に多いのが特徴です。
私たちは、このような方を妊娠中に見つけて、出産前から育児に向けてサポートすることを心掛けています。
地域の特性を鑑み人材育成・配置を考える
─これからの女性診療科・産科の運用で大切なことは何でしょうか。
絶えず考えながら、人材育成や人員配置を柔軟に調整していけることが重要だと思います。また、私たちは女性の一生に寄り添っていけることを目標に、単に病気を治療するための最先端医療技術を身に付けるだけでなく、地域行政も含めた多職種とのコミュニケーションを図っていくことも重要な責務と考えています。
本学の女性診療科・産科は、これらを念頭においた運用をこれからも行ってまいります。
鈴木 俊治先生(すずき・しゅんじ)
1988年に長崎大学を卒業し、日本医科大学付属病院産婦人科に入局。1997~1998年、米国ロマリンダ大学胎児生理学教室に留学。2002年~東京臨海病院産婦人科部長、2006年~葛飾赤十字産院副院長を経て、2021年より日本医科大学女性診療科・産科講座主任教授。専門分野は周産期医学(特に胎児生理学)、周産期メンタルヘルスケア。
鈴木先生の診療への想い
多職種で連携して、“からだ”だけでなく“こころ”も診る
私は、この15年間、東京の下町の周産期医療を支える立場にあり、最先端医療を提供するだけでなく、患者さんの精神的・社会的背景を視野に入れた多職種連携による支援を重要視してきました。例えば、出産は母児共に無事に終わればよいというわけでなく、育児や次の妊娠にもモチベーションを持てるような出発点となってくれるように診療していきたいと思います。