特集
付属4病院 眼科
「構造」を治し「機能」も改善
患者さんのQOL向上を目指す
全てにエキスパート
全てが得意分野をめざす
─日本医科大学付属4病院の眼科の特徴を教えていただけますでしょうか。
日本医科大学全体の方針にもあるのですが、大学病院にありがちな、ある分野だけに特化した診療は行っていません。眼科は特に細分化されている診療科の一つですが、どんな患者さんでも受け入れることを基本にしています。その上で、あらゆる眼科分野において、最新の機器を揃え、最新の治療を行っています。
また、大学病院として、オールマイティの眼科医を育てていくという使命もありますので、一般外来の他に、12の専門外来を設け、それぞれにエキスパートの先生がおります。
─日本医科大学付属4病院では、白内障手術が積極的に行われています。
全体の手術件数の中でも断トツに多いのが水晶体再建術、いわゆる白内障手術といわれるものです。濁った水晶体を取り出し、代わりに眼内レンズを水晶体のあった場所に入れる手術のことですが、最近は状況が変わってきました。
白内障手術。濁った水晶体を取り出し(左)、その場所に眼内レンズを入れる(右)
眼内レンズは以前は単焦点しかなく、遠距離用と近距離用のどちらかしか選択できず、遠距離用レンズだと近くを見るときは近距離用眼鏡が、近距離用レンズだと遠距離用眼鏡が必要でした。そこで登場したのが、「多焦点眼内レンズ」です。現在、遠・近の両方にピントを合わせられる2焦点レンズの他に、中間の位置にも焦点が合う3焦点レンズも認可されています。
ただ、多焦点眼内レンズには保険が使えず、手術代そのものも自由診療扱いとなっていました。そんな中、昨年4月から、「選定療養」という制度が多焦点眼内レンズにも適応されることになり、レンズ以外の手術代・検査代などに保険が適応されることになりました。
日本医科大学は、大学病院としては、選定療養の多焦点眼内レンズを積極的に使用している数少ない医療機関になっています。選定療養に適応されている多焦点眼内レンズは、まだ種類が限られていますが、家の中でおじいちゃんだけが眼鏡をかけていないといったケースも出てきそうです。
多焦点レンズについては、白内障手術に関して、日本でも屈指の専門家として知られ豊かな経験をもつ、武蔵小杉病院の病院教授/眼科部長の小早川信一郎先生も積極的に取り組んでいます。
─網膜硝子体(しょうしたい)手術の件数も多いようですが。
網膜剝離、糖尿病網膜症などで、付属病院だけでも、年間200例前後の入院手術を行っています。25Gシステムを使って切開部位を極力小さくし、眼底観察システムResight®(700)などを導入し、手術の安全を追求しています。
遠距離用の単焦点眼内レンズでは、近いところにピントを合わせられないが、多焦点眼内レンズを使うと遠いところも近いところもよく見える (写真提供:AMO社)
角膜移植は手術日程を決めて
行えるように
─角膜疾患は先生のご専門と聞いています。
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角膜疾患を専門としていますが、角膜移植にも取り組んでいます。角膜移植は、国内では2019年度に、累計移植数(眼数)3万3474に対し、累計提供者数は2万694人にとどまっています(日本アイバンク協会データ)。当診療科では、国内アイバンクだけでなく、米国のアイバンクとも提携して、角膜の提供を受けています。米国のアイバンクには、臓器移植と同様にコーディネーターがいますので、角膜がいつ成田空港に着くのかも指定でき、手術の日程をあらかじめ組むこともできるようになりました。
水疱性角膜症(角膜の水ぶくれ)など角膜内皮傷害で保存的な治療が難しくなったときなど、以前は、角膜全体を移植していましたが、現在は角膜内皮のみを移植するようになり術後成績も大幅に改善しました。
─専門外来の話をお伺いしたいのですが、眼の形成外科外来というのは珍しいですね。手術件数も多い。
眼球以外の眼瞼(まぶた)、眼窩(がんか)(眼球が入っているくぼみの部分)、涙道など、眼の周囲を扱います。「眼瞼下垂」といった上瞼の垂れ下がった状態は、視野を塞ぎます。また、逆さ睫毛(まつげ)は、睫毛が角膜に当たり傷をつけることがありますので、眼科の方がより適切に対応できると思います。
また眼は、体の中でも目立つ部位の一つなので、気になると思います。ですから、患者さん本人の希望に沿うように手術を行います。付属病院では、形成外科医出身で眼瞼疾患・眼形成がご専門の根本裕次先生が対応しています。
─「眼炎症外来」もあまりないと思います。
多摩永山病院の眼科にあって、ぶどう膜炎をはじめとする難治な眼の炎症の診療を行っています。同院眼科部長の堀純子教授は、眼の虹彩、毛様体、脈絡膜とその周辺に起きる「ぶどう膜炎」治療のエキスパートです。年間150症例に及ぶ、サルコイドーシス、胸膜炎、フォークト-小柳-原田病といった難治性の眼炎症に対応しています。
難治性眼炎症疾患の分野ではトップクラスで、全国から患者さんが集まります。免疫抑制剤、生物学的製剤による免疫抑制療法も行っています。
水素ガス灌流液の研究
大学発の臨床応用へ
─白内障手術に関連して臨床応用に向けて研究を行っているそうですね。
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白内障手術では、超音波を使って水晶体を小さく砕いて吸引し、水晶体があった場所に眼内レンズを入れます。ただ、この超音波は角膜の最内側(さいないそく)にある角膜内皮という部分に障害を起こしやすいのです。
その結果手術自体は成功したにもかかわらず、先述した水疱性角膜症に至ることがあります。一時的になる方は結構いらっしゃるのですが、ひどくなる方もいて、角膜移植を行わなくてはいけない場合もあります。
私どもはかねてから、ラットを使った動物実験で、白内障手術中に発生する酸化ストレスによって角膜内皮傷害が起きることを突き止めていました。一方、本学の老人病研究所(現先端医学研究所)の太田成男教授と大澤郁朗先生(現東京都長寿医療研究センターの老化制御研究チーム研究副部長)が中心となって、水素ガスが酸化ストレス障害を抑制することが報告されていました。そこで、大澤先生との連携研究を行い、手術に使用する眼内灌流液に水素ガスを溶け込ませ、角膜混濁を低下させることを突き止めたのです。
すでに、水素ガスを溶け込ませた眼内灌流(かんりゅう)液の特許を取得、米国での特許も申請中です。水素ガスについては、網膜動脈閉塞症についても有効ではないかと考えています。
─遺伝子治療の研究もされていると聞いています。
「網膜色素変性」といって、遺伝子異常により網膜にある視細胞が少しずつ失われていき、失明する指定難病があります。今のところ、機能を元に戻したり、進行を止めるような確立された治療法はありません。千葉北総病院の病院教授/眼科部長の五十嵐勉先生が、この疾患に対して、遺伝子治療的アプローチで研究を行っています。
臨床に直接関わる研究に大学全体でも力を入れており、水素ガスを溶け込ませた眼内灌流液をはじめ、今後、実際の臨床に使われるようになれば、日本医科大学発の臨床応用の一例となっていくと確信しています。
髙橋 浩先生(たかはし・ひろし)
1983年日本医科大学を卒業後、同大学麻酔科に入局。1986年同大学眼科に入局し、1990年眼科助手に。1994年に米国ハーバード大学Schepens眼研究所に留学。1996年講師、2000年助教授、2004年から現職。2019年から日本眼科手術学会理事長
髙橋先生の治療への想い
視覚というQOLに大切な機能を与えたい
眼科は、構造を治療するだけでなく機能の改善も求められる診療科です。命を落とすような疾患はありませんが、それ以上にクオリティを向上させる必要があり、うまくいって当たり前と思われるところが多分にあります。だからこそ、細心の注意を払い、最新の医療体制で対応していこうと考えております。