特集

付属病院消化器外科

“断らない・諦めない医療” 難しい患者さんも積極受け入れ

食道から肛門までの消化器全疾患を対象に、主に手術による治療を行っている日本医科大学付属病院消化器外科。“断らない・諦めない医療”を掲げて、治療が難しい患者さんも多く受け入れ、手術件数は年間1400件以上に上ります。自ら近隣のクリニックを訪問するなど、“顔の見える関係”による医療連携を進める、同科主任教授で付属病院副院長の吉田寛先生に消化器外科の強みや治療の方針を伺いました。

食道から肛門まで消化器全てが対象

―日本医科大学付属病院消化器外科の特徴を教えていただけますでしょうか。

私たちは、食道、胃、十二指腸、空腸、回腸、大腸、肛門、肝臓、胆道、膵臟、門脈、脾臓などのありとあらゆる消化器に関する疾患を対象とし、主に手術による治療を行っています。平均して1日当たり70人前後の入院患者さんを常時、診察し、年間1400件以上の手術を行っています。

私自身は消化器の中でも肝臓を専門としていますが、消化器外科全体としては、特定の臓器や疾患にこだわることなく、幅広い疾患に対応することをモットーとしています。大学病院である以上、高度な医療を提供するのは当然ですが、高度な医療というのは土台となる幅広い分野の基礎的な知識と技術があって初めて成り立つもの。大学病院であるからこそ、幅広い疾患を網羅し、消化器外科医としてさまざまな患者さんに対応できることが大切だと私は考えています。

その結果、日本医科大学付属病院消化器外科は、各専門分野の全てにおいて、高度な医療を提供できます。

―大学病院であるからこそ、特定の疾患や臓器に特化し過ぎずに、幅広い疾患を診ることが大切なのですね。

  • 医師の教育という観点から見ても、特定の疾患や臓器に特化し過ぎることは好ましくありません。大学病院には「診療」「教育」「研究」の3つの柱があり、特定の臓器に特化すると研修医や医学生の教育にも偏りが生じてしまうからです。幅広い患者ニーズに対応できる医師を養成するためにも、全ての消化器疾患を対象とする診療方針を大切にしています。

    同時に、外科医は手術だけではなく高い画像診断能力を持つことも重要だと考えています。現在の外科は手術中に画像診断をしながら手術を進めることが多く、診断能力が高くないと手術もうまくいきません。また大学病院で学ぶ医師たちは将来的にさまざまな進路を歩みます。医師が少ない病院で働くかもしれませんし、クリニックを開業するかもしれません。大学病院であれば内科医、放射線科医が診断、外科医が手術と役割分担することもできますが、クリニックではそうしたことはできません。ですから外科医として手術の技術を習得することに加えて、正確な診断学を身に付けることも欠かせないのです。

  • 2020年の手術の内訳

手術が難しいと思われる患者さんも受け入れへ

―消化器外科全体で、“断らない・諦めない医療”を掲げていらっしゃいます。

当診療科では、どのような患者さんも決して断ることなく受け入れ、最後まで諦めないことを心掛けています。そのため、「手術ができない」と言われるような難しい患者さんも多く受診されています。患者さんが当院で手術し、喜んで帰っていかれるのを見るのは医師として至極の喜びです。もちろん手術が難しい理由はそれなりにあります。

例えば合併症が多かったり、心臓が悪かったり、糖尿病で血糖コントロールが悪かったり、透析をしていたり、あるいはご高齢だったりとさまざまです。このような患者さんは手術前後(周術期)の管理が非常に難しいため、敬遠されるケースが多々あります。しかし当院では手術が難しい患者さんを積極的に受け入れてきたため、周術期のコントロールが極めて上手な医師が増えています。その結果として、さらに患者さんを受け入れられる好循環ができています。

また最後まで諦めずに全力で治療することも教育しています。どのような状況になっても、わずかな可能性があれば全力で取り組んでいます。

“断らない・諦めない医療”にこだわる理由の一つには、私自身が医師の家系出身でないことも関係しているかもしれません。親族に医師がいなかった私は、医師に対してある種“理想”を持っていました。「お医者さんは病気の時にすぐに診てくれて、全力を尽くしてくれる」と。

ですが現実には、志があっても人手不足などさまざまな事情から、患者さんをお断りしなければならない場面も見てきました。しかし、医師になる前の理想を可能な限り貫き、目の前の患者さんを1人でも多く救いたい…。そのために、ハードルがあったとしても“断らない・諦めない医療”を徹底したいと考えています。

「いろいろ大変だったけど、やっと退院できました」、「手術で元気になりました」という患者さんの笑顔を見ることは最大の喜びですし、これこそが私が描いていた医師像だからです。

クリニックを訪問しSNSやメールでも交流

―地域連携を大切にしていて、紹介元であるクリニックの医師たちを訪問したり、SNSやメールで連絡を取り合っているそうですね。

今は新型コロナウイルス感染症の影響によって訪問ができていませんが、2018年4月の付属病院着任以降、300施設以上の病院やクリニックを訪問してきました。大学病院だから何もしなくても患者さんが来てくれる、というわけではありませんので、きちんと近隣の先生方と“顔の見える関係”を築いておくことは、医療連携のためにとても重要です。着任以来、継続して紹介元であるクリニックの先生方を訪問し、一緒に写真を撮るなど“顔の見えるコミュニケーション”を心掛けています。

私は着任する前、日本医科大学多摩永山病院の外科部長をしておりました。この連携方法は、当時から取り入れていたものです。多摩永山病院でもこのように地道な取り組みを継続した結果、近隣の先生たちから多くの患者さんをご紹介いただけるようになりました。もちろん、直接、お会いして関係を築く中で、クリニックの先生からクレームを受けることもあります。多摩永山病院時代の経験ですが、紹介元の先生から「紹介してからの返事が遅い」「事務や看護師に何度も同じ説明をさせられて、結局、受け入れてもらえなかった」などのお叱りを受けたこともありました。そのようなクレームにはすぐに対応し、できるだけスムーズに患者さんを受け入れられるように改善を重ねてきました。

―まさに“顔の見える関係”で、紹介される患者さんも安心することができますね。

クリニックの先生たちの中には私と撮った写真を診察室に飾って、患者さんに「今からこの先生に紹介しますね」などと話してくださる方もいます。クリニックの医師も患者さんも、顔の見えない相手よりは、顔の見える相手の方がはるかに紹介しやすいのではないでしょうか。また、直接、訪問して話をするだけではなく、メールやSNSで連絡を取り合い、時にはSNSで患者さんの紹介を受けることもあります。スピーディに患者さんを受け入れられるので非常に喜ばれていますが、このような取り組みは、もしかしたら大学病院の教授としては珍しいかもしれませんね。

私は「自分がもしもクリニックの医師であったら、こうであれば助かるだろうな」ということを実践しています。大切な患者さんを紹介するには、顔を知っている相手の方が良いでしょうし、目の前で苦しんでいる患者さんをすぐに受け入れて欲しいと思うでしょう。このようにクリニックの医師や患者さんが「こうだったら助かる」ということをコツコツと実践していきたいと考えています。

“断らない・諦めない”マインドが診療科全体に浸透

―多くの患者さんを受け入れることができるのは、治療にあたる医師や看護師などスタッフの熱意があるからこそですね。

誇らしいことに、当院の若手外科医のモチベーションは並大抵ではありません。医学部に入学時は外科医を志望していても、研修を重ねるごとに肉体的・精神的にも過酷な実態を知り、外科医を諦める人は少なくありません。そのような中でも外科医を志し続けているのは、まさに精鋭中の精鋭です。

私は当科の医師から「仕事が多い」という文句を言われたことはほとんどなく、聞こえてくるのはむしろ「受け持ちの患者さんが少ない」「手術の担当が回ってこない」など、仕事の少なさに関する不満です。若手の医師はどんどん患者さんを治療して多くを経験し、1日も早くより良い外科医になりたいと願っているのです。

スタッフのモチベーションの高さや、“断らない・諦めない医療”というマインドが浸透していることが分かる、こんなエピソードがあります。状態の厳しい患者さんを受け入れるかどうかを話し合う、医師と看護師の会話が偶然耳に入ってきたことがありました。その時、若手医師が「教授があれほど頭を下げて地域を回っているのに、まさか(患者さんを)断るわけにはいかないだろう」と言ってくれていたのです。“断らない・諦めない医療”を掲げてひたすら歩んできたマインドが現場に浸透しているのだと、うれしく感じた出来事でした。私は彼らのモチベーションに応えられるような充実した教育環境を作り出すとともに、それによって1人でも多くの患者さんを笑顔にしていきたい―そのために今後とも精進していきたいと思っています。

吉田寛先生

吉田 寛先生(よしだ・ひろし)

1986年に日本医科大学を卒業。同大学第1外科(消化器外科)に入局し、1992年に日本医科大学大学院を修了する。2003年に外科講師、2005年に外科准教授に。2010年から日本医科大学多摩永山病院に移り、2011年に同院外科部長、教授。2016年には多摩永山病院院長。2018年から現職。

吉田先生の治療への想い

私が追求したい理想の医療があるのです

親族に医師がいなかった私は、医師に対して「お医者さんは病気の時にすぐに診てくれて、全力を尽くしてくれる」という理想を持っていました。“断らない・諦めない医療”を継続することで、医師になる前の理想を可能な限り貫き、1人でも多くの患者さんを元気に、そして笑顔にしていきたいと思っています。

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