特集

救命救急VR

先端技術を活用し現場に強い医師を育てる

日本初の高度救命救急センターを有する日本医科大学付属病院。ここで、先端技術を使った新たな試みが始まった。VR(バーチャル・リアリティー)とAI(人工知能)を使った「救命救急VR」である。このシステムの開発に当たった救急医学分野大学院教授・高度救命救急センター長の横堀將司先生に「現場に強い医師」の育成と課題について伺いました。

五感を使って救命現場を学ぶVRシステムを開発

―現場に強い医師、特に救命救急医を育成するために、バーチャル・リアリティー(VR)を使った研修システムを開発されたそうですが、開発のきっかけについて教えてください。

医師は、経験した症例(実際の患者さんの症状の例)の数だけ知識や技術が上がり、よい医療が提供できるようになります。一人の医学生、そして研修医が一人前になるには、できるだけ多く、実際の患者さんに接することがとても重要なのです。

しかし、救命救急センターの治療現場は、慢性的な疾患(治療や病気の変化が長期に及ぶもの)と異なり、目の前の命を救うために一秒たりとも無駄にできない緊迫した状況にあります。

また現在、世界的に医学教育には現場を早期体験させることが求められていますが、医学生に実際の治療現場を見学し、参加させることが難しいという事情がありました。さらに、せっかく現場を見学しても、遠目に見るだけで終わってしまうことも少なくありません。

そこで、医学生や研修医に、できるだけリアルな映像や音声をもとにした、救命救急治療の現場を学んでもらおうと考えたのが、VR技術を使ったシステムでした。

―VRシステムを使うと、どのようなことができるようになるのですか。

医学生にVRゴーグルを装着してもらいます。すると、あたかも自分自身が手術現場や救命救急の処置室など、現場の真っ只中にいるような状態に身を置くことができるようになります。

撮影には、全方位を撮影できるカメラを使い、処置台の中央上部から映しています。カメラを現場の中心に置くことで、その場の緊迫した雰囲気も伝わるようになりました。それらの映像は、アーカイブとして保存し、ケースごとに学習できるようにしました。例えば心肺停止患者をどのように蘇生に導いているかなど、実際の救命現場をリアルな映像として五感を使って学ぶことができるのです。

360°カメラを使い臨場感だけではなく、周囲の人の動きまで一度に写し出す

さらに、救命現場で、医師だけでなく看護師、臨床工学技士、救急救命士などさまざまな職種のスタッフがテキパキと動いており、それぞれのスタッフがどのように動いて救命するかも理解することができます。

救急の現場では1人の患者さんに対して、10~15人の医療スタッフが力を合わせる、まさにチーム医療が行われています。VRシステムを使えば治療の全体を俯瞰(ふかん)して見ることが可能になるのです。

コロナ禍をきっかけに新たな医師教育を

―救急医療に欠かせない、チームでの取り組みを学ぶことができるのですね。AI(人工知能)技術も使っているということですが…。

このVRシステムのもう一つの大きな特徴は、ゴーグルを装着している人の目線の動きを計測できることです。ベテラン医師と医学生・研修医とでは、「どこを見ているか」着目点が異なります。このVRシステムを使うと、目線の動きを計測しAIを使って解析するので、「救命の現場ではどこに着目すべきか」を明確に学生や研修医に伝えることができるのです。

心肺停止の蘇生処置

  • 中心静脈穿刺

  • 尿道カテーテル

実際の搬送患者さんの集中治療の模様を繰り返し疑似体験できる教育の意義は大きい
「救命救急VR」写真提供:株式会社ジョリーグッド (https://guruvr.jp/er/

―新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で〝リモート”学習が求められる中、このシステムを使った教育は大きな武器になりそうですね。

このVRシステムの開発はもともと、COVID-19とは関係なく開発が進められてきたものです。ところが、COVID-19によって、対面授業さえできなくなってしまいました。しかし、日本医科大学では、コロナ禍で在宅を余儀なくされている本学学生に対して、このVRシステムを使った「オンライン講義」を行っています。

私たちは今までと異なるものの見方や行動を求められるようになっています。これは医学教育の現場においても同じです。患者さんに触れる機会が少なくなる中、いかに教育の質を保つのかは大きな課題です。質を担保しなければ、日本の医療全体の質が低下してしまいます。これからの医学教育のあり方として、VRシステムは先進的な取り組みになると確信しています。

リアルだからこそプライバシーには十分配慮

―他にもさまざまな分野に応用ができそうですね。

もちろん、医学生や研修医だけではなく、現役の医療スタッフのスキルアップにも有効です。すでに、複数の大学や病院を同時に接続して行う、リモート型の医療セミナーも初めて開催されました。セミナーではCOVID-19の治療にも使われる、体外式膜型人工肺(ECMO)の講義を行いました。ECMOは新型コロナウイルスの重症患者の救命の切り札ともされていますが、使える医療者が少ないことが課題です。VRシステムを使えばより効率的に手技の学習が行えるのです。

―教材には実際の治療の映像が使われるため、プライバシーが心配です。

ご協力いただく患者さんには、プライバシーには十分配慮しているので、その点はぜひご安心くださいとお伝えしたいです。画像はきちんと処理されていて、個人が特定できることはありませんし、医師や医療者の研修以外の目的に使用されることはありません。もともと医学生が治療の現場を見学することは認められています。その延長線上と捉えていただければ幸いです。将来的には本学にとどまらず、多くの大学や病院で貴重な症例を共有できれば、さらに医療の質が向上します。患者さん一人一人の貴重な症例を集めることで、日本の医療全体が向上するのだということに、ぜひご理解をお願いしたいと思っています。

住民の理解が欠かせないドクターヘリ

―最後に患者さんにメッセージをお願いします。

救命救急では、1秒の差がその後の命運を分けます。少しでも早く治療を行い、救える命を救うために、東京都でもドクターヘリによる救命救急が検討されています。本学ではすでに20年以上前から千葉北総病院でドクターヘリの運航実績がありますが、付属病院は住宅地に立地するため近隣住民の皆さまのご理解・ご協力が不可欠です。一人でも多くの人の命を救うために、ぜひ住民の皆さまにはご理解とご協力を賜りたいと思っています。

◆高度救命救急センター◆

全国の高度救命救急センターの中で最も歴史のあるセンター

日本医科大学付属病院の高度救命救急センターは、1977年、わが国で初めての救命救急センターとして認可されました。1993年には日本で第1号の「高度救命救急センター」としても認定されています。

高度救命救急センターとは、救命救急センターの中でも特に高度な治療を提供する病院に対して、厚生労働省が認可したものです。こういった高度救命救急センターは全国に42カ所あり(2020年9月現在)、日夜、重症・救急患者さんの救命に当たっています。

日本医科大学の救命救急センターは、総合診療科と一体になって「救急・総合診療センター」として運用しているのが特徴です。救急・総合診療センターを受診する患者さんのうち、緊急・重症度が高い患者さんは高度救命救急センターが受け持っています。

医師・看護師で180人、救急のスペシャリスト集団

救命救急科には40人の専属の医師、140人の看護師が所属し、治療の一番初めから、手術、その後の集中治療室(ICU)での管理まで、24時間体制でチーム医療を行っています。救命救急科に所属する医師は全員が、救急専門医であると同時に、外科専門医、脳神経外科専門医、整形外科専門医、集中治療専門医など複数の専門診療科を持つ、救急専門医集団でもあります。

高度救命救急センターに救急搬送される患者数は、年間およそ1700人。またおよそ700件の手術を行っています。搬送される患者さんは、体の複数の部位で命に関わる傷を負っている多発外傷や重度の火傷、急性中毒など多岐にわたります。多くが心臓や肺に大きなダメージを負った命を落とす危険性の高い患者さんですが、運ばれてきた時に心肺停止状態だった方を除くと、約85%が救命に成功しています。

横堀 將司先生

横堀 將司先生(よこぼり・しょうじ)

1999年に群馬大学医学部を卒業し、日本医科大学付属病院高度救命救急センターに入職。2005年日本医科大学医学研究科(生体侵襲管理学)修了。付属病院救命救急科で臨床研修。2010年から3年間米国マイアミ大学医学部脳神経外科に留学。2013年に講師、2018年に准教授、2020年から現職。

横堀先生の治療への想い

すぐれた医師を育てることは、目の前の患者を救うことに直結します

一刻を争う救命救急医療に従事して痛感しているのは、「すぐれた医療スタッフを養成することは、そのまま患者さんの救命に直結する」ということです。医学教育を進化させることで、救える命を増やしたい―私が教育システムを開発し続けるのは、ひとえに目の前の患者さんを一人でも多く救いたいからです。

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