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重症の炎症に有効な物質を究明
敗血症治療薬に期待

これまでの伝統を受け継ぎながらも、社会の変化に対応した進歩を続ける日本医科大学。その源となっている教育や研究についてご紹介します。

体内に病原菌が侵入するとまず対応するのが「白血球」。その大半を占める「好中球」が起こす「NETs」という現象と、炎症によって血液中に増える物質「PTX3」との関連性を突き止めて、新しい薬づくりの研究を進める日本医科大学先端医学研究所社会連携講座教授の浜窪隆雄先生。

浜窪先生の研究は、敗血症と呼ばれ致死率の高い重症の感染症や、小児で発症する川崎病の治療薬として、大きな期待が持たれています。

切り傷や、にきびのようなできものができると、その部分が赤く腫れて熱を持ち、痛くなります。こういった状態のことを「炎症」といいます。これは、病原菌が体内に入ったときのいわば「防御反応」で、この反応自体は「免疫」と呼ばれているものです。

病原菌が侵入すると体内でまず対応するのが「白血球」で、病原体を取り込んで(貪食し)抗菌物質を使って溶かします。この白血球の中で大半を占めているのが、今回の主役となる「好中球」です。

好中球には、病原菌侵入の前線にいて他の免疫細胞を呼び寄せる「サイトカイン」という物質を分泌することが広く知られていますが、病原菌を食べすぎて溶かしきれなくなると、死んで膿(うみ)や痰(たん)になって排出されると考えられてきました。

“ねっとり”した物質で病原菌を捕える

病原菌を絡め取るはずが、多すぎて血管内皮を破壊

病原菌を絡め取るはずが、多すぎて血管内皮を破壊

  • 先端医学研究所 タンパク質間相互作用学部門のスタッフ

    先端医学研究所 タンパク質間相互作用学部門のスタッフ

  • しかし、近年になってこれらが単なる好中球の死骸ではないとの見方がドイツのブリンクマン博士らによって提唱されました。好中球は侵入した病原菌めがけて、自爆しながら好中球自身のDNAとDNAに巻き付いている「ヒストン」というタンパク質を放出して、病原菌を絡め取るという説で、この物質を「NETs」(ネッツ=好中球細胞外トラップ)と呼んでいます。まさに、ゼリー状の“ねっとり”した物質で、病原菌は身動きが取れなくなります。当時、この考え方は疑いの目で見られていましたが、その後、他の炎症性疾患でも起きていることが確認され、現在ではがんや慢性の炎症でも重要な役を担っていると考えられるようになりました。膿や痰は、戦いに敗れたみじめな姿ではなかったのです。

ところが、その後の研究でこのNETsは軽度の感染では問題を起こさないのですが、重症になるとどうも悪さをするのではないか、と考えられるようになりました。大量のヒストンが血管の内側の細胞に傷を付け、そこに血栓(血の塊)ができてしまい、血管が詰まってしまうのです。

この現象が広い範囲で起きてしまうと、臓器に栄養がいかなくなるので、「臓器不全」という状態になり、最悪死に至るとされています。

炎症のメカニズムを解明
新薬で重篤な炎症患者を救う

一方、体の中に病原菌などの異物が入り込むと、その異物に特有の目印にだけ結合する物質「抗体」ができます。浜窪先生は、免疫の研究医としてこの「抗体」の研究を行っていました。

その中で着目していたのが、「ペントラキシン3(PTX3)」という物質でした。いつもは存在しないのに、炎症が起きている血中に多く現れ、重篤な炎症が起きている「敗血症」の患者さんでは、PTX3の濃度は通常の数百倍になることが分かってい ました。浜窪先生は、このPTX3の作用について丹念に探っていった結果、PTX3が、免疫で重要な役割を果たしているNETsのヒストンと結合することを明らかにしました。

敗血症は感染による炎症が全身に及んでいる状態で、重症になると3人に1人は亡くなるといわれており、浜窪先生の研究は、重症敗血症の患者さんを救う一手として注目を浴びています。またPTX3は、小児で発症し全身の血管に炎症を起こす川崎病の患者さんにも多く存在することが分かっており、研究チームでは、PTX3を使った新しい薬を作る研究を急ピッチで進めています。

  • タンパク質のコンピューターシミュレーション

    得意分野のタンパク質のコンピューターシミュレーション

  • 浜窪先生は、医学部を卒業してからあえて臨床医の道に進まず、基礎医学研究の道に進みました。そのきっかけとなったのが、臨床研修で初めて担当した患者さんでした。

    「大学院で物理を勉強している急性白血病の学生さんでした。当時、白血病といえば不治の病。周囲はぜひ学位は取らせたいと懸命で、私も医学部に行く前に数学の勉強をしていましたので、その患者さんと意気投合し、何がなんでも治したいと思っていました。しかし残念ながら、1年後に大出血で亡くなってしまったのです。白血病の薬を作りたい。そこが出発点でした」

基礎医学研究の道に進んで30年。浜窪先生は、得意分野の数学を生かした新しいアプローチ(プロテオミクス解析)によって、PTX3のほか、ウイルス性疾患やがんなどに有効なタンパク質の解明を進め、全く新しい薬への展開を今も目指しています。

木村和美先生

浜窪 隆雄先生(はまくぼ・たかお)

日本医科大学先端医学研究所
タンパク質間相互作用学部門
社会連携講座教授

1975年に東京大学理学部数学科を卒業。1982年に京都大学医学部を卒業し、研究医の道にまい進する。

米国バンダービルト大学に留学、京都大学化学研究所、東京大学先端科学技術研究センター教授などを経て、2018年から現職。

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