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これまでの伝統を受け継ぎながらも、社会の変化に対応した進歩を続ける日本医科大学。その源となっている教育や研究についてご紹介します。
健康長寿と医療費減へ多層データの解析で「個別化予防」目指す
hippocrates 28号 2026年02月発行
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将来、病気の予防法が変わっていくかもしれません。誰にでも当てはまる画一的な予防法に加え、特定の体質の人たち、さらに個々人に合った予防法の確立に向けて、研究が進められているからです。日本医科大学先端医科学研究所の村上善則先生は、研究開発代表者を務める共同研究において、個人や集団の健康診断情報に生体情報を加えて統合的に解析することで、高精度な病気リスク予測と効果的な予防の方法を確立し、「個別化予防」への道を拓こうとしています。
多くの病気には予防法があります。例えば、高血圧、心疾患、脳血管疾患、がんなどの生活習慣病には、適度な運動、バランスのとれた食生活、禁煙などの予防法が推奨されています。
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こうした予防法はとても意義あるものですが、画一的であり、体質の個人差を反映したものとはいえません。もし、その人の体質に合わせた、より個別的な予防法が打ち立てられれば、より効果的な病気予防につながるはずです。「個別化予防」と呼ばれるこうした予防の取り組み方は、近ごろのゲノム科学や情報科学などの進歩で不可能ではなくなってきています。
その人向けの病気予防法が実現すれば、私たちの健康寿命は伸びることでしょう。社会的にも、2023年度で過去最高の48兆円とされる国民医療費を減らすことが期待できます。
主要な38の病気に対する発症リスクを横断的に予測
「個々人向けの病気リスクを予測し、その予測に基づいた科学的な病気予防を行えるようにする。しかも、多くの病気に横断的な方法論で。こうしたことを目標に、研究を進めています」
こう話すのは、日本医科大学先端医科学研究所特命教授の村上善則先生です。日本医科大学が東京大学、東京科学大学、国立がん研究センター、NTTグループと共同で行っている研究開発「多層的生体情報の統合による疾患予防デジタルツインの構築」の研究開発代表者を務めています。
個々人向けの病気リスク予測や病気予防を実現するため、「多層的な生体情報」を「統合」する手法を採っています。対象データの一つは、企業が毎年従業員に行っている健康診断のデータ。加えて、日本に複数あるバイオバンクと呼ばれる情報拠点が、さまざまな病気の患者や健康な人たちから協力を得て蓄積してきた数万人―20数万人規模の個人情報を伏せたDNA、タンパク質、代謝産物などの各種データ、さらに生活習慣のテータや診療時の臨床データも対象となります。
これら複数のデータをAI技術などを駆使して解析します。その解析結果から、対象の高血圧、糖尿病、歯周病、各種がんなど38の病気それぞれのリスク、つまり発症のしやすさを予測し、改善の取り組みをした場合としない場合でリスクがどう変わるかなどをシミュレーションできるようにします。
「日本は企業に、従業員の健康診断を法律で義務づけています。またバイオバンクの情報資源も、私が代表だったバイオバンク・ジャパン、それに東北メディカル・メガバンクなどにより2000年代や2010年代から長期に蓄積されています」と、村上先生は日本で研究する上での利点を話します。
個々人の健康デジタルツインの構築による疾患予測・予防体系。「過去」の生体データなどから「現在」の自分のアバター(デジタルツイン)をつくり出し、予防した場合と予防しなかった場合の「将来」を予測する。
自分の健康・病気の可能性や改善効果を
スマホアプリで
病気リスク予測の精度を高める技術の進歩もありました。従来は、特定の病気に対して、発症との関わりが強いDNA上の一塩基多型と呼ばれる箇所を10個くらいとりあげて解析し、リスク値を試算することが行われていました。新たな手法では、代表的な箇所もそうでない箇所も含め、数十―数十万個以上を重みづけして解析し、算出する「ポリジェニック・リスクスコア」を導入することとしたのです。これで予測の精度が高まり、対象集団のうち高リスクの上位10%や上位1%といった、「特にその病気になりやすい人」を特定しやすくなりました。
「実は今回対象とした38の病気のうちのいずれか一つで、上位10%に入る人は全集団の98%もいる計算になります。こうした高リスクの人に、とりわけの注意を促せるようになります」
研究名にある「疾患予防デジタルツインの構築」とは、自分の情報を与えた仮想空間の自分(アバター)をつくり、将来の健康状態をシミュレーションすること。将来の自分をリアルに感じることができます。
「さすがに、自分そっくりの分身アバターが目の前に現れて、未来の自分の姿を示すというのは、まだ先の話です。今回の研究では、自分の体がいつまで健康を保てそうか、生活習慣を変えることでどれだけ修正を期待できるかなどを、スマートフォンでグラフ表示するようなことを目指しています」
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未来の「個別化予防」に向け、今後は徐々に、個々人に向けたきめ細やかな予防法が登場していきそうです。
「だからといって何十通りものメニューを示すなど、細分化しすぎれば逆に実行しづらくなります。漢方医学の『虚と実』『陰と陽』という四つの類型の考えもヒントに、当面は皆さんの体質を何種類かにグループ分けし、それぞれにベストな予防法を提示できれば。例えば痩せた人でむしろ発症リスクの高い病気もあり、そうした事実にも目を向け、予防法の新たな対象集団の軸を見つけていければと思います」
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先端医科学研究所分子生物学部門の研究員たちと。研究室では「がんの診断、治療マーカー」の同定などにも取り組んでいる
村上 善則先生(むらかみ・よしのり)
日本医科大学
先端医科学研究所 分子生物学部門
特命教授
1983年東京大学医学部卒業。東京大学消化器内科医員、国立がんセンター研究所腫瘍遺伝子研究部研究員、米ユタ大学ハワード・ヒューズ研究所研究員、国立がんセンター研究所プロジェクトリーダー、東京大学医科学研究所教授、所長などを経て、2024年4月より現職。