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呼吸を担う肺胞を形づくるカギは
毛細血管にあった

これまでの伝統を受け継ぎながらも、社会の変化に対応した進歩を続ける日本医科大学。その源となっている教育や研究についてご紹介します。
  • 命をつなぐのに欠かせない呼吸を担っている臓器「肺」をめぐる研究が進みました。日本医科大学先端医学研究所教授(※ポストアップ)の高野晴子先生が、肺を成りたたせる小さな袋「肺胞」の形づくられ方を探究し、周りの毛細血管の細胞が、肺胞が形づくられるのに重要な役割を果たしていることを見いだしたのです。この成果は、肺の病気の治療などに向けた医療応用と、肺における血管の知られざる役割の解明に向けた基礎研究の両面で役立つものと期待できます。

    肺は呼吸のための臓器です。酸素を体内に入れ、二酸化炭素を体外に出す、つまりガス交換を担います。その回数はヒトで1日2万回以上になります。

    ガス交換の現場が、直径0・1ミリメートルほどの「肺胞」とよばれる袋です。その数はヒトで数億個。肺胞の内部は空洞で、口や鼻から取り入れた酸素を周りの毛細血管へ送りこむ空間となっています。と同時に、毛細血管から二酸化炭素を受けとって口や鼻へと送りだすための空間にもなっています。この肺胞が集まってブドウの房状になり、さらに房が集まって肺となります。

  • 高野晴子先生

肺胞は、生まれた赤ちゃんの成長期に形づくられることがわかっています。終末嚢胞(しゅうまつのうほう)とよばれる大きな袋が、筋線維芽細胞(きんせんいがさいぼう)という細胞にリング状に巻きつかれ、さらに収縮を受け締めつけられ、くびれが生じることで小さな袋の肺胞になるのです(図)。

しかしながら、大きな袋を締めつけて小さな袋の肺胞にする筋線維芽細胞が、どのようにその働きを調節されているのかはわかっていませんでした。

※ポストアップ:教授および准教授への昇任が期待できる女性研究者に日本医科大学があたえる称号。ポスト獲得実現に向け研究力強化支援を実施。

肺胞形成の「足場」を毛細血管が提供していた

  • マウスにおける肺胞の形成機構と血管内皮細胞の役割。上段は、肺胞がつくられるまで。下段左は、肺胞毛細血管内皮細胞の役割。下段右は「ミニ臓器」ともよばれるオルガノイドの肺胞版の作製。いずれも研究課題としている

  • 2024年3月、肺胞のつくられ方をめぐる研究が前進しました。日本医科大学先端医学研究所教授の高野晴子先生らが、肺胞形成における「血管」の新たな役割を発見し、発表したのです。終末嚢胞や肺胞の外側を覆う「肺胞毛細血管内皮細胞」こそが、筋線維芽細胞が収縮するのに必要な「足場」をあたえていることを解明しました。

    「博士号取得後のポスドク時代から肺胞形成の研究をしていました。その後、さまざまな臓器に興味をもち研究してきましたが、日本医科大学で再び肺胞形成の研究を本格化させました」

研究のなかで、高野先生らは肺胞のつくりを、三次元染色という技術で可視化しました。肺胞の空洞の内側から順に、肺胞の壁となる肺胞上皮細胞、今回の主役である肺胞毛細血管内皮細胞、そして終末嚢胞を締めつけて肺胞をつくる筋線維芽細胞があるといった全体像を得たのです。

「これで想像しやすくなり、解明が進みました」

高野先生らが注目したのは、接着剤のような役割をもつインテグリンというタンパク質を活性化させるrap1という遺伝子です。肺胞毛細血管内皮細胞においてのみrap1遺伝子を働かないようにさせたノックアウトマウスをつくりました。すると、このマウスでは筋線維芽細胞が収縮しません。肺胞のつくりを見ると、肺胞毛細血管内皮細胞の外側につくられるはずの基底膜という膜がつくられていませんでした。

これらから高野先生らは、正常なマウスでは、肺胞毛細血管内皮細胞がrap1の遺伝子をオンにしてインテグリンを活性化させることで、筋線維芽細胞に収縮のための足場となる基底膜をあたえているのだと見いだしました。

「筋線維芽細胞の収縮のしくみがわかり、そのしくみに肺胞毛細血管内皮細胞が重要な役割を果たしていたことという両方を解けた点が意義深いです」

本物に忠実な「ミニ臓器」実現へ
血管の未知なる役割の解明にも寄与

研究成果は医療応用と基礎研究の両面で役立つと高野先生は見ています。

医療応用の面では、まず「肺胞オルガノイド」の質を高められると期待します。オルガノイドとは、試験管でつくる「ミニ臓器」のこと。医療や創薬などで活用されています。「iPS細胞から肺胞オルガノイドをつくり、肺の病気の治療薬候補の効果や安全性を確かめるスクリーニングに用いられればと思います。これまでの肺胞オルガノイドは肺胞上皮細胞のみでつくられたもの。肺胞毛細血管内皮細胞なども組み込めれば、本物に近づけるはずです」

新生児に見られる気管支肺異形成症という病気の治療にも研究成果が役立つと見ています。この病気は未熟児などで肺胞の形成が止まるもので、激しい運動ができないなどの制約が生じます。肺胞形成のしくみは、治療法の開発に活かせると考えています。

さらに、まだ実現していない肺の再生医療にも貢献するかもしれません。

基礎研究の面では、今回の成果が血管の未知なる役割を解明する一助になると高野先生は捉えています。

  • 「血管は単なる血液輸送管でなく、その臓器に特化した機能をもつものだと考えられるようになりました。今回、血管内皮細胞が筋線維芽細胞の足場をつくっていることがわかり、新たな機能の知見を加えられたと考えています」

    肺胞のつくられ方をめぐる高野先生の研究は、これからも続きます。

    「どういう刺激をきっかけに血管内皮細胞がrap1遺伝子を発現するのか。その上流の部分を明らかにしたい。呼吸の開始で肺胞が伸縮するといった機械的なシグナルに注目して、研究を進めているところです」

  • メンバー

    先端医学研究所病態解析学部門で研究するメンバーたち。大学院教授の福原茂朋先生(右端)を、高野先生は「自分が思いつかないことをいつも言ってくださる。天才と思っています」と尊敬する

高野 晴子先生

高野 晴子先生(たかの・はるこ)

日本医科大学 先端医学研究所 病態解析学部門
大学院医学研究科 分子細胞構造学分野
教授(ポストアップ※)

千葉大学バイオメディカル研究センター機関研究員、日本学術振興会研究員、国立循環器病研究センター上級研究員、独マックスプランク心肺研究所ポスドクを経て、2022年日本医科大学先端医学研究所講師。24年より現職。23年科学技術振興機構創発研究者に就任。

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