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難病のベーチェット病
経過予測とT2Tによる治療法の変革に挑む

これまでの伝統を受け継ぎながらも、社会の変化に対応した進歩を続ける日本医科大学。その源となっている教育や研究についてご紹介します。

ベーチェット病とは、身体のさまざまな部位に炎症が生じうる難病で、国内の患者数は約2万人とされます。日本のベーチェット病の診療・研究を牽引する日本医科大学武蔵小杉病院の岳野光洋先生は、患者さんたちの生命予後およびQOL(生活の質)を改善すべく、治療法の標準化に挑んでいます。ベーチェット病を症状の特徴ごとにいくつかに分類して病気の経過を予測し、個別化医療につなげようとしているのです。また、目標を明確にした治療を指すTreat to Targetの考えに基づいた治療戦略の実現を目指しています。

ベーチェット病は、身体のさまざまな部分に炎症が生じうる「全身性炎症性疾患」です。口内炎、皮膚病変、外陰部病変、眼病変という4つの主症状があるほか、脳神経、腸管、血管に炎症が生じることもあります。いずれの炎症も、「増加と軽快」を繰り返します。

ベーチェット病の原因は不明ですが、遺伝による内因的なものと、環境による外因的なものの双方が関与すると考えられています。さらに強い遺伝素因は、「白血球の血液型」といわれるヒト白血球抗原の型のうち「HLA–B51」であり、日本ではHLA–B51陽性の人は陰性の人の5倍ほどベーチェット病になりやすいとされています。ただし、ベーチェット病に関わる遺伝子はHLA–B51の型の遺伝子だけでなく、免疫機能に関連した多くの遺伝子もかかわっていることが明らかにされています。一方、環境因子については、まだ不明な点が多いのが現状です。

この疾患は地中海沿岸から中近東、中国、日本にかけてのシルクロード一帯に患者が集積する特徴的な分布を示し、シルクロード病とも呼ばれることがあります。この分布も前述の遺伝素因や環境因子が発症に関与することを示す成績だと考えられます。国内の患者数は約2万人と推計されています。

日本医科大学武蔵小杉病院リウマチ膠原病内科部長・教授の岳野光洋先生は、1990年代初頭から本格的にベーチェット病の研究に取り組み、現在は厚生労働省難治性疾患政策研究事業「ベーチェット病に関する調査研究」の研究班代表を務めています。

ベーチェット病の経過を予測
精密医療につなげたい

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    【ベーチェット病におけるクラスターの傾向】
    腸管病変を主体とする患者は増加し、眼病変を主体とする患者は減少。また、腸管病変を主体とする患者ではHLA-B51陽性率が低く、眼病変を主体とする患者ではHLA-B51陽性率が高い傾向にあることがわかってきた。

  • 岳野先生が全国の医療機関の研究者たちと目指してきたのが、「その患者さんのベーチェット病が今後どう経過していくか」を予測することです。病態が多様な病気だけに、リウマチ膠原病内科のほか、眼科、皮膚科、消化器内科、神経内科、小児科など、さまざまな分野の研究者が共同研究者に名を連ねていますが、目指す方向は同じです。

    「発症の早期で病気がどう進んでいくかを見越せれば、それに向けた治療ができるようになります」

予測を実現するために岳野先生らは、ベーチェット病の患者さんを、クラスターとよばれる特徴の似た群に分類し、「皮膚症状が主体」「皮膚と関節の症状が主体」「腸管病変が主体」「眼病変が主体」「神経病変が主体」の5群を定めました。どのクラスターが増加または減少しているかといった経年変化のほか、個々のクラスターと関連する遺伝子や環境因子の同定を試みています。

「たとえば、HLA–B51はベーチェット病の遺伝的な要因として重要でありながら、例外的に腸管病変を主体とする患者の方々に限って陽性率が低いことがわかりました。逆に言えば、ベーチェット病と診断され、かつHLA–B51陽性でない方は腸管の病変をきたしやすいわけで、さらにもう少し腸管型になりやすい要因が明らかになれば、早期治療や予防も可能となるかもしれません」

近年、医療では「個々の患者に合った治療」を行うことで治療効果を高める「精密医療」が目指されています。ベーチェット病治療でも、遺伝子の関与や治療薬の各クラスターへの効果などが解析されていることから、病気の進展予測が進めば精密医療につながると岳野先生は見ています。「オールジャパンで挑んでいければと思います」

ベーチェット病に
「目標達成に向けた治療」を

もう一つ、岳野先生が取り組んでいるのが、ベーチェット病での「目標達成に向けた治療」(T2T:Treat to Target)の実現です。

「T2Tのわかりやすい例が、高血圧の治療と予防です。130/80㎜Hg未満という目標を達成し、それを維持できれば、高血圧にともなう脳卒中などの合併症の危険は減ります。これと同じようなことを目指しています」

炎症性疾患の中では、関節リウマチの治療にT2Tが取り入れられ、成果を上げています。十分に治療した上で、発症前と同じ生活ができる「臨床的寛解」が目標になっています。その「臨床的寛解」は自覚症状、診察所見、血液検査を総合してスコア化したもので定められ、医師も患者もこれを目指して治療に取り組んでいます。

「関節リウマチの治療はT2Tで飛躍的に進歩しましたので、そのベーチェット病への応用を検討しています」

ベーチェット病でT2Tを実現しようとするとき、この病気特有の壁があることも岳野先生は認識しています。「ベーチェット病に臨床的な多様性があることは大きな壁です」

先のクラスター分類でも説明したように、ベーチェット病の臨床像は多様であり、病気の症状や経過、使用する治療薬も患者さんによりさまざまです。「この目標さえ達成すれば寛解に至る」といった、一本化した目標をベーチェット病の治療で立てるのは難しい点もあります。

「しかし、最近の研究成果で、口内炎や皮膚の炎症、陰部の潰瘍、関節炎がない状態が維持できれば、重篤な病変の発症につながらないという知見を得られています。また、炎症に関わるインターロイキン6(IL–6)の産生が十分抑えられれば、重症化しない可能性が見えてきました。こうした知見を積みかさね、患者のクラスター分類ごとに症状をコントロールしていければ、ベーチェット病でT2Tの成果を上げられる可能性はあると考えています」

日本医科大学はベーチェット病の病態解明や治療法開発を目的としたレジストリ研究で、岳野先生の古巣である横浜市立大学に次ぐ、国内2位の登録患者数を擁しています。「研究の成果を得るためには長年にわたる追跡が必要です。後進の研究仲間を育てながら、歩みを進めているところです」

岳野光洋先生

岳野 光洋先生(たけの・みつひろ)

日本医科大学武蔵小杉病院
リウマチ膠原病内科 部長・教授

島根医科大学卒業。横浜市立大学第一内科(准教授)などを経て、2015年日本医科大学大学院医学研究科アレルギー膠原病内科学分野准教授。日本医科大学武蔵小杉病院リウマチ膠原病内科部長・准教授、部長・病院教授を経て、2024年4月より現職。

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