Extra Quality
そこに課題ある限り…
「未来の患者」を救う
臨床研究支援の専門家
新たな医薬品や治療法が誕生することで、これから救われる命や保たれる生活の質(QOL:Quality Of Life)があるはずです。創薬や医療開発に向けて、安全性や有効性を調べる臨床研究では、その実施者である医師とともに、研究が円滑に進むことを支える専門家の役割が欠かせません。日本医科大学医療管理学特任教授の松山琴音先生は、臨床研究支援専門職として、「未来の患者」を救うため、臨床研究の推進や人びとへの知識普及といった多様なアプローチで課題解決に取り組んでいます。
医薬品や治療法などが有効か、また安全かを調べる研究を「臨床研究」といい、中でも開発中の医薬品を使う臨床研究試験を「治験」といいます。
「医療の対象となるのは目の前にいる患者の皆さん。それに対し、臨床研究や治験の対象となるのは〝未来の患者〟の皆さんといえます。なぜなら、臨床研究や治験は、未来において患者になりうる人たちが享受する治療を開発するための営みだからです」
日本医科大学医療管理学特任教授の松山琴音先生は、臨床研究や治験が円滑に進むことを支える「臨床研究支援専門職」と呼ばれる専門家として、そうした「未来の患者」を救うことを見据えた仕事をしてきました。
実りある治験に向け医師にも患者さんにも寄りそう
松山先生が「自分の専門性を発揮する領域の一つ」としているのが、「医師主導治験」の戦略立案や推進です。
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治験には、製薬企業などが主体となって医療機関に依頼して実施する企業主導のものと、医師が主体となって実施する医師主導のものがあります。企業には円滑に企業主導治験を進めるための専門の社員がいますが、その一方、日本医科大学をはじめとする医科大学や医療機関では、医師主導臨床研究を確実に進めるため松山先生のような専門家の役割がとりわけ重要です。治験に参加していただける患者の方々を集める、治験を実施する医療機関の環境を整える、医師の実施計画書づくりを手伝って院内に周知展開するなどの仕事があります。
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治験前の「研究開発」で3~6年、治験後の「市販医薬品」でも数か月~2年と、医薬品開発には10年もの時間がかかる。その中で「治験」は薬の安全性と有効性を明らかにするために極めて重要なプロセス
最近の事例では、日本医科大学付属病院において、新たな肺がん治療法や医療機器の開発、くも膜下出血後の脳のダメージ軽減に向けた治験の計画と実施などを支援しています。
医師などの医療従事者だけでなく、患者さんにも寄りそい、治験への参加を促進する活動に力を入れています。
「治験がどう行われるか。そもそも治験とはなんなのか。多くの方にとって治験は謎めいたものと思います。理解促進や普及啓発をすることで、治験の応援・協力をしてくれる方を増やそうとしているのです」
取り組みのひとつに、製薬企業の日本ベーリンガーインゲルハイムなどとともに、2022年より行っている「治験アンバサダープロジェクト」があります。「患者中心の治験を広げ治療の機会を広げる」ことをビジョンとする活動で、患者と治験についての知識や経験を共有する「アンバサダー」を増やそうとしています。「治験はよりよい社会をつくるための社会インフラといえます。より多くの人に治験への関心を高めてもらい、〝ファン〟を増やしていきたい」
また、世界保健機関(WHO)と国連教育科学文化機関(UNESCO)が設立した国際医学団体協議会(CIOMS)での研究ガバナンスに関する報告書の作成と発行に加え、同団体発行の報告書「医薬品の開発、規制、安全な使用への患者参画」の日本語版の監訳をしました。これは「患者中心の医薬品開発」の大切さを、指針や診療ガイドラインなどを示して伝える報告書で、「日本語でも広めたい」という患者さんたちと手を取り合って進めてきたものです。
さらに、インターネット上の仮想空間「メタバース」を用いた治験環境整備にも取り組んでいます。「医療機関で治験がどう行われているかを私たちがカメラで撮影し、遠隔地の方に見てもらい、治験をより身近なものにしていただくための活動です」
小児向け新コロナワクチン治験を大学付属病院と実施
ワクチンの開発や普及も、「未来の患者」を未然に救うことになります。松山先生が日本医科大学の付属病院・武蔵小杉病院・千葉北総病院と取り組んでいるのが、生後6カ月から13歳未満の小児たちを対象とした新型コロナウイルス(SARS–CoV–2)ワクチンの治験。ファイザー製などのmRNAワクチンと違い、従来よく使われてきた種類の不活化ワクチンを小児向けに開発するためのものです。
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「日本における未就学児の新型コロナワクチン接種率は2023年6月の時点でわずか3・8%。小児の任意接種ワクチンの接種率の低さは課題です。新型コロナワクチンによる感染予防効果を直接確かめる試験は日本では未確立のため、今回の治験で得られることを、将来の基盤づくりに生かしていければと考えています」
医療におけるアンメット・ニーズ(いまだ満たされないニーズ)、つまり有効な治療法がまだ見つかっていないといった課題は、いまなお多くあります。一つ一つの課題解決が、より多くの「未来の患者」を救うことにつながります。
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学校法人日本医科大学内全ての研究戦略・研究管理・臨床研究を支援する研究統括センター(センター長は弦間昭彦学長)の副センター長を兼務する松山先生。同センター所属の菅野仁士先生(左)、國村有弓先生(右)とともに
「誰かにとっての太陽になることが自分の仕事と捉えています。何事もまずはやってみること。解決すべき課題がある限り、その手立てを創りだしつづけていきたいと思います」
松山 琴音先生(まつやま・ことね)
日本医科大学 医療管理学 特任教授
研究統括センター 副センター長・臨床研究部門長
京都大学薬学部卒業。京都大学大学院薬学研究科を経て、2003年より先端医療振興財団臨床研究情報センター(現・医療イノベーション推進センター)に所属。2015年京都府立医科大学研究開発・質管理向上統合センターで医師主導臨床研究の推進と開発薬事業務に従事。2017年より現職。