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COVID–19などの
治療薬への展開も視野に
フラーレンを医療応用
球体の構造からくる特性が特徴的な炭素同素体「フラーレン」をもとに創薬を目指す研究が行われています。日本医科大学化学教授の中村成夫先生は、フラーレンに水溶性置換基を付加させてフラーレン誘導体をつくり、AIDS、C型肝炎、さらに新型コロナウイルス感染症などの各種治療薬を実現させようと取り組んでいます。また、学内の共同研究では、心不全の新たな治療法につながる成果も生まれており、基礎的な化学の知見が医学・医療の進展をもたらしています。
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フラーレンは、60個の炭素原子がサッカーボールのようにつながった球状の分子です。物理的に極めて安定で、水などに溶けにくいという構造的な特性をもつ一方で、条件次第で化学反応が可能であることから、広い分野での応用が考えられてきました。
そんなフラーレンに化合物を付加させてつくるフラーレン誘導体を医薬品に応用する。このテーマに取り組んできたのが、日本医科大学化学教授の中村成夫先生です。
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さまざまな化合物を付加することで治療薬としての可能性が広がる
「フラーレンとの本格的な出合いは前任の大学で、研究室の教授から研究メンバーに加わらないかと言われたことです。医療応用を考え出したのは、フラーレンに水溶性をもたせられるという論文が出てきたことによります」
球体でコンパクト、水溶性ももてる
フラーレンの医薬品化は可能
医薬品化に向け、フラーレンの水溶性の獲得は大きな課題です。他の医薬品候補化合物と同じく、標的への到達や以降の吸収の点で、水に溶けやすいことが前提となるからです。
1990年代半ば、フラーレンに水溶性をもたせる化合物を付加して「フラーレン誘導体」にすることで水溶性を得られるとする報告が次々と出てきました。「分子レベルで既存にないタイプの物質であり、期待しました」
こうして中村先生は、複数のタイプのフラーレン誘導体を試作したなかで2005年、アミノ酸を付加するフラーレン誘導体が、後天性免疫不全症候群(AIDS)に治療効果を発揮しうることを報告します。AIDSの病原体であるヒト免疫不全ウイルス(HIV)の複製をもたらす逆転写酵素を阻害することを見出したのです。「既存薬には、逆転写酵素の起きる場所にくっついて逆転写を阻害するタイプと、別の場所にくっついて酵素活性の発現のしかたを変えてしまうタイプがあります。フラーレンは後者と同様の作用をもつものと見ています」
COVID- 治療への道を探究
共同研究で心不全治療薬開発
中村先生は現在、フラーレン誘導体の医薬品としての品質を高めるべく、フラーレンに水溶性をもたせる化合物を「一つだけ」付加することを主眼に研究しています。「二つ付加する反応だと同じ分子式ながらつくりの異なる異性体が多種できてしまう。一個のみの付加では水溶性が低くなってしまう課題がありますが、そこを克服すべく誘導体を試作しています」
2021年には、HIV逆転写酵素だけでなく、感染につながる酵素であるHIVプロテアーゼをも阻害するフラーレン誘導体を導きだします。さらに、これらのAIDS治療向けの作用のみならず、C型肝炎の病原体ウイルス(HCV)の複製に関与する酵素であるRNAポリメラーゼのはたらきも阻害するフラーレン誘導体を見出しました。「HIVとHCVに重複感染している患者さんもいるので、作用を併せもつ意義はあると思います」
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2023年には、新型コロナウイルス感染症(COVID–19)への治療にも光明を見出します。新型コロナウイルス(SARS–CoV–2)の増殖をもたらすメインプロテアーゼに対する阻害活性を調べ、マロン酸という化合物を付加させたフラーレン誘導体が強い活性を示すと発表しました。「創薬に向け、副作用などの課題はありますが、これまで多様な誘導体をつくってきた蓄積がプラスになると考えています」
これらの疾患以外にも、治療薬や抗酸化剤になる可能性があると中村先生は見ています(図)。
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武蔵境キャンパスの研究室にて。フラーレンに置換基を付加してフラーレン誘導体を精製する装置とフラーレンの粉末(右上)
フラーレンを起点にした共同研究から、心不全治療への道も見えてきました。中村先生は、日本医科大学生体統御科学分野大学院教授の柿沼由彦先生らと共同で、心筋梗塞などで弱った心臓のはたらきを回復させうる治療薬を開発しています。血液を送り出すのに役立つ化学伝達物質のアセチルコリンが心筋細胞で産生されるしくみを研究する柿沼先生から(本誌第12号で紹介)、「アセチルコリンを増やす新しい化合物がないか」と相談を受けました。「フラーレン誘導体にその能力がわずかながらありました。柿沼先生と別の化合物を検討した結果、さらに高い能力があるものがみつかり、心臓アセチルコリンの産生をもたらす新薬候補を共同開発できたのです。今後も『こんな化合物はないか』という求めに応え、医学・医療に貢献していければと思います」
教育の面では2020年より基礎科学の主任を務め、学部1年生の「生命科学概論(化学)」などの基礎的な科目を担当。また、「研究配属」で化学教室を選択した3年生たちに学びを授けています。「医者として活躍していく若い人たちにも、ぜひ研究マインドをもってもらいたい」
研究・教育の両面で、化学の観点から医学・医療の前進を支え続けます。
中村 成夫先生(なかむら・しげお)
日本医科大学 化学 教授
基礎科学主任
1994年東京大学大学院薬学系研究科生命薬学専攻博士課程修了。博士(薬学)。九州大学大学院工学研究院応用化学部門助手、共立薬科大学助教授、(合併後)慶應義塾大学薬学部准教授などを経て、2011年日本医科大学教授(化学)。2020年より基礎科学主任。