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特発性肺線維症治療薬
ニンテダニブを世界に新薬への飽くなき挑戦

これまでの伝統を受け継ぎながらも、社会の変化に対応した進歩を続ける日本医科大学。その源となっている教育や研究についてご紹介します。

近年、症例数の増加傾向が見られる、特発性肺線維症などの間質性肺炎。日本医科大学大学院医学研究科呼吸器内科学分野教授の吾妻安良太先生は臨床で診療にあたる一方、国内外の研究者たちと共同研究を進め、治療薬「ニンテダニブ」の承認取得や適用拡大に貢献してきました。さらに国際的ガイドラインの策定に参加するほか、最近では新薬候補ホスホジエステラーゼ4(PDE4)阻害剤の承認取得に向けた臨床試験にも精力的に取り組んでいます。

 近年、肺胞壁や支持組織といった肺の間質における肺炎「間質性肺炎」が頻回に見られるようになりました。この疾患は、肺の左右両側に病変が広がる「びまん性肺疾患」の代表的な疾患としても知られます。増加の理由としては、高齢化や検査技術の進歩などを挙げることができます。

 原因不明のまま肺が線維化していく疾患は「特発性肺線維症」とよばれ、間質性肺炎のなかで頻度が最も高く、かつ予後の悪い疾患です。この疾患を含む特発性間質性肺炎は国の難病指定を受けています。肺の線維化にはさまざまな原因が考えられ、細胞老化が促進された結果、線維芽細胞の増殖やコラーゲンの沈着が進みます。これらの病態が特発性肺線維症をはじめとする通常型間質性肺炎に共通しています。

「間質性肺炎が進行すると呼吸ができなくなります。20年前は亡くなるのを待つしかありませんでしたが、最近は延命できるようになってきています」

 吾妻安良太先生はこう話します。不治の病を延命可能な病にしたのは、治療薬開発などの医療進歩です。これに尽力した一人が吾妻先生です。

特発性肺線維症などの治療薬
国際共同試験を経て承認取得

 特発性肺線維症の治療薬として日本では2015年に承認された薬に「ニンテダニブ」があります。疾患に作用するシグナル伝達を阻害する機序をもちます。承認前、吾妻先生は国際共同第3相試験INPULSISに参加し、日本の患者に対する有効性と安全性を確認するなど貢献しました。さらに適用疾患の範囲を広げるべく、全身性硬化症を伴う間質性肺疾患の患者に対し、国際共同第3相試験SENSCISを実施し、同じく安全性や有効性を確認しています。ニンテダニブは、進行性線維化を伴う間質性肺疾患への適用も含め、2022年2月現在、世界78カ国以上で承認されています。

「日本人のためだけにと考えるのでなく、世界中にいる患者さんに治療法を提供したいと考えてきました。同じ思いをもつ医師・研究者と共に治療法を開発してきました」

 国際ガイドラインの作成についても日本代表の立場として参加し、特発性肺線維症の診断と管理ガイドライン(2015年改訂、2018年改訂)の策定に貢献しています。この国際ガイドラインの内容を反映する形で、国内では2017年に治療ガイドラインが、また2022年に改訂版としての診断と治療の手引きが出ています。

「欧米の研究者たちから声を掛けられ、日本人の私が国際的な研究やガイドライン作成によばれるのは、かつてピルフェニドンが世界に先駆けて日本で実用化されたから。日本もよくやるじゃないかと認められたのです」

 吾妻先生が話す「ピルフェニドン」は、ニンテダニブより前の2008年に日本で世界初の承認となった特発性肺線維症治療薬です。もともと米マルナック社で創薬が進められたものの製品化する企業が現れず、米国制度下での臨床試験用新薬(IND)扱いとなっていました。そこに、日本のKDL社が着目し、開発権を取得。塩野義製薬による販売へと至りました。吾妻先生は当時、工藤翔二先生(日本医科大学名誉教授、結核予防会理事長)の下で臨床試験の設計を担当しました。

「もらったチャンスを大切にしました。塩野義から工藤先生への相談があったり、厚労省にも熱血漢の担当者がいたり、人と人が結ばれて実現した薬です」

 吾妻先生は、工藤先生が代表、それにノーベル生理学・医学賞受賞者の大村智先生らが顧問を務めるマクロライド新作用研究会で事務局長も務めます。びまん性汎細気管支炎の治療に使われてきたエリスロマイシンをはじめとするマクロライド系抗生物質の新作用解明や臨床応用にも尽力しています。

線維化はなぜ起こるか

さまざまな原因、誘因により、炎症や毒性などが誘発され、そこからERストレス、テロメア短縮などを招き、細胞の老化を促進した結果、線維芽細胞の増殖やコラーゲン沈着といった線維化につながると考えられる

新たな治療薬を実現し、難病治療の選択肢を増やす

「新薬で得られた利益が、できるだけ次の新薬への開発に還元されていくことが理想です。ただ一剤が開発されたからといって、患者さん全てが幸せになるということではありませんから」

  • 呼吸器内科の医局員

    呼吸器内科の医局員たちと

  •  そう語る吾妻先生は、ピルフェニドン、ニンテダニブに続く新たな特発性肺線維症治療薬の開発に、国内外の研究者ら、製薬企業と共に取り組んでいます。乾癬治療でも使われるホスホジエステラーゼ4(PDE4)阻害剤の、特発性肺線維症に対する有効性と安全性を検討するための国際共同臨床試験を実施。2022年5月には、呼吸機能の低下が抑制されたことを医学雑誌『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』で報告しました。

    「日本は世界で進行中の臨床試験の10分の1に貢献しようとしています。2023年末には世界での臨床試験の登録を終えて、その1年後には結果を出したいと考えています」

吾妻 安良太 先生

吾妻 安良太 先生(あづま・あらた)

日本医科大学大学院医学研究科呼吸器内科学分野
教授

1983年日本医科大学医学部卒業。医学博士。順天堂大学医学部免疫学研究室研究生、立正佼成会中野病院内科副医長を経て、1996年、日本医科大学内科学第4講座講師。同内科学講座助教授を経て、2008年より現職。欧州呼吸器学会(ERS)JRS日本代表委員などを歴任。

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