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ncRNAの働きを
解き明かして
最先端を走り続けたい

これまでの伝統を受け継ぎながらも、社会の変化に対応した進歩を続ける日本医科大学。その源となっている教育や研究についてご紹介します。

近年、タンパク質をコードしていないノンコーディングRNA(ncRNA)が注目されています。ncRNAをバイオマーカーとして活用し、診断や治療に応用しようとする研究も進んでいます。日本医科大学大学院医学研究科大学院教授の瀧澤俊広先生は、ヒト胎盤においてncRNAの一種であるマイクロRNAの胎盤特異的な発現パターンを明らかにしました。さらに妊娠高血圧腎症という病気を発症前に予知するためのバイオマーカー開発など、臨床応用においても期待できる研究成果を挙げています。

ゲノム上のタンパク質をコードする領域から転写されたRNAは「メッセンジャーRNA(mRNA)」と呼ばれ、それをもとにタンパク質が合成されます。タンパク質をコードしていない領域から転写されたRNAは「ノンコーディングRNA(ncRNA)」と呼ばれ、その一種である22塩基程度と短い短鎖ncRNAであるマイクロRNAは、かつて〝役立たずのジャンク〟だと思われていました。ところが、マイクロRNAは、メッセンジャーRNAに転写された後の遺伝子発現を調節していることが分かり、2000年代以降、飛躍的に研究が進んでいます。

瀧澤俊広先生は生命現象にとってその重要性があまり知られていなかった2003年、日本医科大学に着任すると同時にマイクロRNAの研究を始め、ヒト胎盤に特異的に発現しているマイクロRNAを報告しました。

瀧澤先生は妊娠高血圧腎症を発症している胎盤において異常に発現が上昇しているヒト胎盤特異的マイクロRNAを同定して、そのマイクロRNAにより発現が制御されているHSD17B1という分子の異常(発現低下)が妊娠高血圧腎症で引き起こされていることを明らかにしました。しかも、妊婦さんの血液中に含まれるHSD17B1の値を調べれば、発症前の妊娠高血圧腎症を予知できる可能性があることを報告しました。

「妊娠高血圧腎症は高血圧とタンパク尿を伴う妊娠合併症で(2018年からはタンパク尿を認めなくても母体の臓器障害、子宮胎盤機能不全になれば、妊娠高血圧腎症に分類される)、胎児と母体両方にとってリスクとなりますが、発症前の妊娠高血圧腎症を診断できる有効なバイオマーカーはありません。妊婦さんの血液から発症前にハイリスク群を予知することができれば、早期での介入が可能になり、症状悪化を防げるはずです」

多種多様な働きを持つ
長鎖ncRNAも研究対象

タンパク質の産生が不足や過剰にならないようにマイクロRNAはメッセンジャーRNAの発現を微調整(ファインチューニング)していることが分かっています。過剰に発現したマイクロRNAはメッセンジャーRNAに結合してタンパク質への翻訳を必要以上に抑制するため、そのタンパク質の機能を低下させます。逆に、マイクロRNAの発現が不足すれば、タンパク質が作られ過ぎて、その機能を亢進させます。例えば、がん細胞のマイクロRNAの発現異常により、がん遺伝子の発現が亢進したり、がん抑制遺伝子の発現が抑制されたりする異常が起こっていることが分かってきています。さらに、がん組織中や患者さんの血液中のがん由来のマイクロRNAをがんのバイオマーカーとして活用するための研究が大いに進んでいます。

最近はncRNAの一種である長鎖ncRNA研究にも注力しています。200塩基以上の長さがある長鎖ncRNAは、マイクロRNA以上にその種類と機能が多様で、近年注目度が増している存在です。

「数万種類あるとされる長鎖ncRNAのうちで機能や疾患との関連が明らかになっているのはほんの一握りにすぎません。そのような未知の領域だからこそ、この分野の先駆けとなれるようチャレンジしたいのです」

2人の大学院生が
新分野挑戦のきっかけ

もともと解剖学の研究室で電子顕微鏡や免疫組織化学を用いて血液細胞や胎盤を研究していた瀧澤先生は、2003年に日本医科大学に着任したときからマイクロRNAを研究対象としています。そのきっかけを作ったのは、当時の教授室にやって来た2人の日本医科大学卒業の大学院生でした。

「大学院生たちから、当時はまだ広く注目を浴びていなかった先端研究である短鎖ncRNAを研究テーマにしてみたいとの申し出があり、それでは一緒にやってみようということになりました。マイクロRNAは私自身にとっても専門外でしたが、日本医科大学の新しい環境で、それまでの枠にとらわれない新しいチャレンジをしてみたいと思っていました。大学院生たちの優れた着眼点のおかげで今もこうして最先端の研究に携わっています」

  • ncRNA研究のさらなる発展を目指す瀧澤先生は、産科婦人科学、泌尿器科学、乳腺外科学などの臨床医との連携を積極的に進め、若い研究者の育成にも取り組んでいます。

    「若い研究者たちが今までの既成概念にとらわれずに自由なアイデアを出して、思い切り研究を楽しんでくれるのが一番幸せです。幸いなことに日本医科大学の学生、大学院生はとてもポテンシャルが高いので、医学研究の世界をどんどん広げていってほしいと願っています」

  • スタッフ

    瀧澤先生の研究室のスタッフたち

瀧澤 俊広先生

瀧澤 俊広先生(たきざわ・としひろ)

日本医科大学大学院医学研究科分子解剖学 大学院教授

1986年自治医科大学医学部卒業。医学博士。長野県飯綱町立飯綱病院外科医として勤務。1992~1993年および2001~2003年に米国オハイオ州立大学に留学。自治医科大学医学部解剖学教室助手、講師を経て、2003年より現職。専門は、細胞生物学、分子解剖学。タンパク質をコードしていないノンコーディングRNA(nc RNA)の分子解剖学的研究が主な研究テーマ。

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