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腸内細菌との関連から
未破裂脳動脈瘤を解明し
クモ膜下出血を防ぐ

これまでの伝統を受け継ぎながらも、社会の変化に対応した進歩を続ける日本医科大学。その源となっている教育や研究についてご紹介します。

脳内の動脈にできたこぶ状の脳動脈瘤(のうどうみゃくりゅう)。日本では成人の2~4%が症状のない未破裂脳動脈瘤を有しているといわれていますが、破裂すれば致死率の高いクモ膜下出血を起こすことから「時限爆弾」と呼ばれています。日本医科大学大学院医学研究科大学院教授の森田明夫先生は、未解明なことの多い未破裂脳動脈瘤の大規模疫学調査を実施し、治療指針作成や予防・治療法開発につなげようとしています。最近の研究では、腸内環境や口腔内細菌叢と脳動脈瘤の関わりも見えてきました。

欧米で行われた未破裂脳動脈瘤症例に関する大規模研究(ISUIA:国際未破裂脳動脈瘤調査)の結果が1998年「New Engl. J of Medicine」および2003年には、「LANCET」という医学雑誌に掲載されました。

約1600例を平均4年にわたって追跡したこの調査結果は、脳動脈瘤の自然歴や病態を知る貴重なデータですが、中でも「直径1センチ以下の小型の脳動脈瘤、または脳前方の脳動脈瘤はほぼ破裂しない」という結果は日本の脳外科医たちに大きな衝撃を与えました。日本の臨床現場では、もっと小さい脳動脈瘤でも破れてクモ膜下出血が起きていたからです。

しかし、明確な根拠となる調査データがなかったことから、2000年に日本における未破裂脳動脈瘤の大規模追跡調査「UCAS Japan(日本未破裂脳動脈瘤悉皆(しっかい)調査)」がスタート。日本国内の約280の医療機関が参加したこの大規模調査において、全体の取りまとめ役を担ったのが森田明夫先生でした。

「未破裂脳動脈瘤があっても破裂する人としない人がいる中で、今ある未破裂脳動脈瘤を治療すべきか経過観察でいいのか。その判断のための明確な根拠が必要だと、私たち日本の脳外科医みんなが思っていました。その違いが分かれば、脳動脈瘤が破れる理由が分かり、そこから予防法や新たな治療法につながる可能性があります。そうして日本全国に及ぶ取り組みとして、UCAS Japanの大規模調査を行いました」

2001年から2004年の間に未破裂脳動脈瘤と診断された5720人(脳動脈瘤の数は6697個)に対して行った調査では、経過観察中に111人にクモ膜下出血が発生。脳動脈瘤の大きさ、できた部位、形などが破裂しやすさに関係していることが明らかになりました。その後のデータシェアリングによる国際比較では、同じような未破裂脳動脈瘤でも、日本人は欧米人に比べて約3倍も破裂しやすいことが分かりました。

食事や生活習慣が脳動脈瘤にも影響する

多くの脳動脈瘤症例を見ていく中で、クモ膜下出血を起こした脳動脈瘤は必ずしも大きくないことにも森田先生は気付きました。脳ドックなどで見つかった未破裂脳動脈瘤はその後かなり大きくなってから破裂しますが、クモ膜下出血で病院に運ばれてきた人の多くは脳動脈瘤がかなり小さい段階で破裂しています。

そこで、クモ膜下出血の患者さんの症例を集めてみると、小さい脳動脈瘤がたくさんあり、女性、喫煙者、高脂血症といったリスク要因があることが分かりました。また、以前から指摘されてきたクモ膜下出血のリスク要因に「家族性」があります。家族性と聞いて真っ先に思い浮かぶのは遺伝的要因ですが、生活習慣や食事が同じ家族であることが影響している可能性も考えられます。

その調査が終了しつつあった2010年ごろは、腸内細菌と動脈硬化の関係がいわれるようになった時期でもありました。腸内にすみ着いた細菌自体が動脈硬化を促すとともに、肉食によって腸内細菌が作り出す代謝物質がヒトの血管に悪影響を与えていることも知られています。

また、虫歯を作り出す菌の一部が体内に入り込み、血管の痛んだ部分を破壊して出血を起こすことも分かりました。これはタバコの有害物質が直接影響しているだけではなく、喫煙によって口腔内環境が悪化し、虫歯菌が繁殖しやすくなっている影響もあるかもしれないと森田先生は指摘します。

「腸内細菌や口腔内細菌そのものと菌が産生する代謝物質に加え、ヒトの体内で最も盛んな腸内の免疫活動などが脳動脈瘤の形成や破裂に関わっている可能性もあり、腸内細菌はとても奥深く限りなく研究テーマが出てきます。最近では認知症や脳のさまざまな疾患に対する腸内細菌の影響が分かってきましたし、未破裂脳動脈瘤やクモ膜下出血から、脳の疾患と腸内細菌との関係を明らかにしたいと考えています」

予防薬の開発など
臨床応用に向けた取り組みも

この10年で欧米を中心にクモ膜下出血の頻度は大幅に減少していますが、日本においてはわずかな減少にとどまっています。そこには日本人の未破裂脳動脈瘤が欧米人に比べて破裂しやすいことが影響しているのではないかと森田先生は見ています。

「日本の高齢化に伴って高血圧人口が増えていることや女性の喫煙率が下がっていないことの他、食生活や腸内細菌も関係していると分かってきました。新しいバイオバンクを構築してさらに詳細な生活習慣の解析データを作成すれば、食事によるクモ膜下出血の予防など、具体的な予防・治療につなげることも可能だと思います」

脳神経外科医として年間100件ほどの手術を行いつつ、統計解析や消化器内科などの専門家を訪ねては次々と新しい知見を得て研究にまい進する森田先生。最近では、脳動脈瘤を作り出す機序を遮断する薬剤の探索にも乗り出すなど、脳動脈瘤破裂の予防を目指して基礎研究にも取り組んでいます。

森田明夫先生

森田 明夫先生(もりた・あきお)

日本医科大学大学院医学研究科脳神経外科学分野 大学院教授

1982年に東京大学医学部卒業。医学博士。東京大学医学部附属病院、寺岡記念病院、三井記念病院、富士脳障害研究所附属病院、東京都立神経病院などに勤務後、米国メイヨークリニックに留学。メイヨークリニック、ジョージワシントン大学、ドイツ・マインツ大学、メリーランド大学、東京大学、NTT東日本関東病院などを経て、2013年より現職。

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