Extra Quality

「免疫特権」を
分子レベルで解明する
クリニシャンサイエンティスト

これまでの伝統を受け継ぎながらも、社会の変化に対応した進歩を続ける日本医科大学。その源となっている教育や研究についてご紹介します。

体の中に異物が入った際、その異物を排除する仕組みのことを免疫といいます。しかし、臓器の中には、この免疫が働かない「免疫特権」を持つ部位があります。眼もその一つです。この眼の免疫特権がどういう仕組みで働いているのかを、診療の傍ら二十数年間追い求めて研究をしているクリニシャンサイエンティストがいます。日本医科大学眼科学教授で多摩永山病院眼科部長の堀純子先生です。堀先生はさらに、解明してきたその仕組みを使って、眼の難治性炎症疾患の治療に役立てようとしています。

  • 細菌やウイルスなどの外敵侵入から体を守る免疫。動物はこの機能によって外敵から身を守っています。私たちは免疫のおかげで、健康な生活を維持することができます。しかし、ヒトを含む動物の臓器の中で、「免疫特権」と呼ばれる、免疫機能の働かない部位の存在が分かっています。

    免疫特権は、1960年にノーベル生理学・医学賞を受賞し、臓器移植の基礎を築いたピーター・メダワー博士によって提唱され、後に博士とその弟子のビリンガムらによって、眼、脳、生殖器官に存在することが解明されてきました。当時は、これらの臓器には解剖学的に何らかのバリアーがあって、認識されにくいのではないかと考えられていました。その後、眼では角膜移植をモデルとして実験的考察が進められ、免疫特権とは、高度な生命活動に必須の臓器を過剰な炎症による傷害から守る免疫制御機構であることが分かってきました。

角膜の内皮細胞に拒絶反応を抑える性質が

堀純子先生は医学生の頃、マイクロサージャリーの術者になることを目指し、眼科に入局しました。角膜移植の手術を行なっていた時のこと。当時、角膜移植は国内のアイバンクに登録されているドナーの眼球が使われていました。

「ドナーの眼球の順番が回ってくるのに、2年かかるのが普通でした。ぜひとも成功させたいのですが、中には、拒絶反応を起こし、短期間のうちに角膜が白濁してしまうケースがありました。拒絶反応を起こす人と起こさない人がいる。しかも、拒絶反応を起こした患者さんは、再移植すればするほど、より強い拒絶反応を繰り返してしまう。無念な思いと同時に、何とかしたいという気持ちが強くなりました」

  • 堀先生は、診療の傍ら、拒絶反応を起こさないための研究を始めたのです。そして、ハーバード大学スケペンス眼研究所に留学し、ビリンガムの弟子だったウエイン・ストレイライン教授の下で、眼の免疫特権に関する研究を行いました。

    「最初に教授から与えられたプロジェクトは、角膜を腎臓に移植するという驚くべきものでした。ただ、移植免疫の研究分野では、異所性移植はよく行われることで、私は角膜を腎臓被膜下に移植するという実験を世界で初めてやることになりました」

  • ハーバード大学留学時にストレイライン教授と

堀先生は、角膜はどの部分に免疫特権があるのかを調べるために、角膜を上皮・実質・内皮に分けて移植する研究を進めました。そして、角膜の内皮に拒絶反応を抑制する性質があることを突き止めたのです。

免疫抑制分子を次々と明らかにしていく

免疫特権を強く持つ内皮には、どんな仕組みがあるのかを分子的に調べていきました。すると、免疫抑制分子が関わっていることが分かりました。

最初に見つけたのが、角膜内皮細胞に恒性発現(常態的に発現)しているFas-Lで、免疫細胞の1つであるエフェクター(活性化し攻撃性のある)T細胞をアポトーシス(細胞死)させて、免疫が働かないようにしていたのです。

それから、同様の機能を持つ免疫抑制分子を次々に明らかにしていきました。中でも、ノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑(ほんじょたすく)先生が解明した免疫チェックポイント分子PD-1/PD-L1の、眼の中での発現と免疫特権への関わりを世界で初めて明らかにしました。

続いて、ICOS-L, GITR-L, galectin-9, B7-H3, VISTAといった多くの分子も免疫特権に深く関わっていることを、堀先生らの研究で一つ一つ明らかにしていきました。

難治性の眼炎症疾患に研究成果を応用したい

「ぶどう膜炎」「強膜炎」といった眼の難治性の炎症疾患があります。これらの疾患は全身性疾患、特に免疫異常と深く関わっていることが分かっており、主にステロイドが治療薬として使われています。堀先生は、全国から紹介される難治性眼炎症の患者さんの診療を多摩永山病院で行っています。

「免疫特権の仕組みが細胞レベルで解明され、角膜移植は内皮を移植することで、拒絶反応は少なくなりました。今、さらに免疫特権を分子レベルで解明しているところで、眼炎症の分子標的治療に応用できると確信しています。そして、目の前の患者さんを治したい臨床医(クリニシャン)であるからこそ、研究のミッションを切実に感じ、科学者(サイエンティスト)という生き方もエンドレスに続けていこうと思います」

堀 純子先生

堀 純子先生(ほり・じゅんこ)

日本医科大学 眼科学教授 日本医科大学多摩永山病院 眼科部長

1990年に新潟大学医学部を卒業。東京大学医学部眼科学教室の助教を経て、米国ハーバード医科大学のスケペンス眼研究所に留学。2001年から日本医科大学に入職し、診療しながら、基礎研究も続けている。2018年から現職。

PAGE TOPへ