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がん幹細胞を研究
再発防ぐ新たな治療法の開発に挑む

これまでの伝統を受け継ぎながらも、社会の変化に対応した進歩を続ける日本医科大学。その源となっている教育や研究についてご紹介します。

なぜ、がんになるのか。がん抑制因子のp53に着目し、正常細胞ががん細胞になるメカニズムを解明しました。さらにこのメカニズムが、外科手術や抗がん剤でも生き残る「がん幹細胞」と深く関わっていることを突き止めた日本医科大学先端医学研究所遺伝子制御学部門大学院教授の田中信之先生。

現在、研究スタッフと一丸となって、その詳細を明らかにし、さらに「がん幹細胞」をターゲットに新しい治療法の開発を進めている田中先生に説明していただきました。

全ての細胞は基本的に同じ遺伝子の配列を持っていますが、体を作るそれぞれの細胞は決まった性質を示すために必要な遺伝子を発現させて、必要な種類のタンパクを作り出しています。この細胞の性質を決めるためには、それぞれの遺伝子の周囲にある染色体を構成するタンパクであるヒストンの特定のアミノ酸に修飾を加えることで情報を書き込み(ヒストンコードと呼びます)、その修飾のパターンを解読(デコード)することで、どの遺伝子が発現するかが決定されています。このヒストンの修飾をエピゲノムと言い、エピゲノムによる制御が全ての細胞の性質や運命を決めています。

細胞の性質がヒストンに書き込まれた情報によって決まっているということは、書き換えれば細胞が変わることを意味しています。このことを実証したのが山中伸弥博士らによるiPS細胞(人工多能性幹細胞)の作成であり、体細胞に再プログラム化因子と呼ばれる4種類のタンパクを発現させるだけで、どのような細胞にも分化することができる幹細胞(神経や血液・筋肉といった分化した細胞を作り出す能力を持った細胞)を作ることに成功しました。

がんにもある「幹細胞」抗がん剤が効かず厄介

がんも同じで、体のいろいろな細胞に再プログラム化因子が働いてヒストンの修飾が変わり、未分化ながん幹細胞(どのような細胞にも分化する性質までは持っていません)が作られ、これが大部分のがん組織を形成するがん細胞を作り出していると考えられています。実際に、いろいろながん細胞の全遺伝子の配列を決定してみると、さまざまなヒストンに修飾を加える因子群(ライター)、修飾を消す因子群(イレイサー)、修飾されたヒストンに結合して情報を読み取る因子群(リーダー)の遺伝子が変異していること、これまで発見されている多くのがん遺伝子が再プログラム化因子を活性化していることが見つかっています。

このがん幹細胞が厄介なのは、細胞の増殖が非常に遅く、多くの抗がん剤に対して抵抗性を持っていることです。このため、がんを手術で取り除いたり、抗がん剤で治療してがんが消失したように見えても、生き残って潜んでいたがん幹細胞からがんが再発することにあります。このことから、がん幹細胞をいかにして取り除くかががん治療の重要な課題となっています。

研究をしていたp53ががん幹細胞と深く関わる

  • 我々の研究グループは、がん抑制因子p53の解析をずっと行っており、p53による細胞死(アポトーシス)の実行因子NOXAを発見して、p53によるアポトーシスの誘導機構を明らかにしてきました。

    その後、p53が細胞内のグルコース代謝を制限しており、p53の機能がなくなるとこの制限が解除されてグルコース代謝が亢進し、このことでがん細胞が膨大なエネルギーを自ら作り出すことを明らかにしてきました。

  • 田中信之先生の研究グループのメンバー

    田中信之先生の研究グループのメンバー

これらの研究を発展させ、最近ではp53の機能欠損やがん幹細胞が作り出すケモカインが細胞のグルコース代謝の亢進およびそれによるタンパクの糖修飾の変化ががん幹細胞の発生と維持に重要なこと、糖修飾の阻害薬によって効果的にがん幹細胞が除去されることを見いだしています。また、がん細胞の脂質代謝の亢進がヒストン修飾を変化させてがん幹細胞の発生に関わるのではないかという研究も進めています。

これに加えて、がん幹細胞の発生に関わる遺伝子発現の制御因子HIF-1やGLI1、およびそれらを活性化するシグナルやその機構を解析し、これらを抑える新たな機構や薬剤を見つけており、新たな創薬も開始しています。

がん幹細胞研究を突き詰め新たな治療法の開発を目指す

「私が日本医科大学を卒業したのは、ヒトの原がん遺伝子rasが発見された直後で、がんの分子生物学的解析が始まったばかりの時でした。内科の研修医でしたが、この分野に興味を持ち、研修後は東京大学生化学教室の大学院に移りました。低温室にこもって遺伝子が発現するために必要な基本転写因子のタンパク質の精製を行っていました。

その後、大阪大学に移りp53の研究を開始。東京大学免疫学教室でNOXAというタンパク質を同定し、日本医科大学に移ってからp53によるエネルギー代謝の制御を発見し、その後のがん幹細胞の研究につなげています。今後は、がんの新たな治療法を開発することを中心に研究をしていきたいと考えています」

田中 信之先生

田中 信之先生(たなか・のぶゆき)

日本医科大学先端医学研究所
遺伝子制御学部門大学院教授

1983年日本医科大学卒業、同第三内科研修医、1985年東京大学医学部第一生化学教室大学院(村松正實教授)、1989年より大阪大学細胞工学センター(谷口維紹教授)ポスドク、助手、講師となり、1997年東京大学医学部免疫学教室助教授、2001年日本医科大学大学院教授(老人病研究所免疫学部門、現・先端医学研究所遺伝子制御学部門)。

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