変わり続ける時代の中で、新たな医療を創り出そうと挑み続ける医師たち。そのチャレンジの根底にあるもの、その道程に迫ります。

創人

新たな治療法を見つけ “膠原病の患者さんを救いたい”

本来は生体防御に働くはずの免疫。その機能が、自分自身の細胞や組織に向かい、攻撃してしまう病気がある。 「自己免疫疾患」と呼ばれるこの一連の疾患のうち、全身性のものは膠原病と呼ばれ、かつては有効な治療法がほとんどない病気といわれていた。 その一つ「強皮症」は、皮膚や内臓が硬くなっていく病気だが、この診断や経過予測に役立つ検査を見つけ出し、新たな治療の展開に結びつく突破口を開いたのが桑名正隆先生である。

素朴な疑問がきっかけで膠原病治療の道へ

体の外から侵入するウイルスや細菌を攻撃する〝免疫〞。本来であれば感染症を防ぐための機能であるが、時として自分自身の正常な細菌や組織を攻撃してしまうことがある。

「自己免疫疾患」と呼ばれている。

「なぜそうなるのだろう…?」医学生の頃、講義を受けていた桑名正隆先生は、免疫が引き起こす不思議な現象に興味を持った。それが自己免疫疾患を専門に選んだきっかけだった。

消化器内科医だった父親が、家にも帰れず忙しくしている姿を見てきたので、「正直、子どもの頃は医師になりたいとは思っていませんでした」と振り返る。

しかし、医学を学ぶうちに、自然と人体の仕組みや病気への興味が湧いてきた。「純粋に面白さを感じて、そのまま医学の世界にのめり込んでいきました。その気持ちは、今に至るまでずっと変わっていません」

学問的な興味からスタートしたが、医師として患者さんに接するようになってからは、自己免疫疾患の中でも、全身で発症する膠原病の治療に全精力を傾けるようになる。膠原病の代表的な疾患に関節リウマチがあるが、このほかに、全身性エリテマトーデス、多発性筋炎/皮膚筋炎、強皮症なども含まれる。

「私が医師になった30年ほど前は膠原病の有効な治療法がなく、若いうちに亡くなる患者さんがかなりおられました。膠原病がどういう病気かもあまり知られておらず、患者さんに病状や将来の見通しを伝えるのがとてもつらかったです」

当時はステロイドでの治療が中心で、症状の一部は改善するものの副作用も深刻だった。ステロイドは基本的には体内で分泌されるホルモンなので多彩な作用があり、顔がむくむムーンフェイスや、皮膚が薄くなりアザができやすくなる、骨がもろくなる、血糖値が上がる、肺炎などの感染症を引き起こすなど、治療の過程で苦しむ患者さんも少なくなかった。一人ひとりの患者さんに対して何かできることはないか―。医師になって最初の数年間は、かつての父親と同じように家に帰れぬ日々が続いた。

留学先での恩師との出会い
広い視野で研究をとらえる

膠原病の診療に力を注いでいた桑名先生にとって、転換点となったのが米国ピッツバーグ大学への留学だ。そこで診療・研究を指導していたトーマス・メズガー医師と出会い、大きな影響を受けた。

「メズガー先生と出会ったことで考え方が大きく変わりました。それまでは目の前の患者さんの診療で手いっぱいでしたが、今の膠原病診療の問題は何か、それを解決するために何をすればよいのか、もっと大きな視点で見ることができるようになったのです」

当時から米国では専門性に集中できる環境が整っていたため、ゆっくり時間をかけて物事を考えることができた。また、メズガー医師との時間をかけたディスカッションを頻繁に行うことを通して、将来自分がなすべきことが見えてきたという。

膠原病治療の進化は著しい。副作用が強いステロイド以外なかった30年前と比べ、現在では免疫抑制薬や分子標的薬などが新たに開発され、選択肢が格段に増えた。特に、膠原病の中でも関節リウマチの治療は変貌を遂げ、ステロイドを全く使わずに治療することが常識になった。

その一方で、最先端の治療には高い専門性が求められるようになった。「全身性エリテマトーデス、多発性筋炎、皮膚筋炎、強皮症といった他の膠原病の治療も進歩してきており、数年以内に関節リウマチに続く大きな変革が間違いなく起きます」膠原病の中でも桑名先生が専門とする強皮症は30〜50代の女性に多く見られる疾患である。

国内では5万人程度の患者さんがいるが、その治療法は確立されているとは言い難い。強皮症は、文字通り線維化という現象を引き起こし皮膚が硬くなるのだが、同時に心臓や肺、消化管などの内臓にも及んでいくのが特徴だ。

さらに深刻なのが、膠原病の中で唯一ステロイドが効かないため、治療法がなく治療を諦めるしかない疾患だった。

  • 恩師トーマス・メズガー医師と

    恩師トーマス・メズガー医師と

  • 国際学会の講演で

    国際学会の講演で

  • リウマチ・膠原病内科
  • 日本医科大学付属病院のリウマチ・膠原病内科

    関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、強皮症、多発性筋炎/皮膚筋炎など幅広い膠原病の治療に対応します。特に膠原病の難治性病態である強皮症、筋炎の専門治療には強みがあり、膠原病に合併する肺高血圧症、間質性肺疾患に対する診療にも積極的に取り組んでいます。

    豊富な診療実績を誇る同科では、新規治療薬の導入や臨床試験への参加など、国内でも数少ない先端的な専門医療を実践しているのも特徴です。

強皮症の検査キットを開発
診断と進行予測が可能に

  • 桑名先生は留学前から取り組んでいた研究を進めた結果、強皮症の診断に役立つ検査を見つけることに成功。診療の最適化に向けた流れを一気に加速させた。

    強皮症では診断の難しさもあるが、症状が多彩で病状の進行に個人差が大きいことが挙げられる。治療を要さない患者さんもいれば、たとえ治療をしたとしても1、2年で命を落とす患者さんもいる。そのため、膠原病の診療では、診断と同時にその患者さんの将来の経過を予測することが極めて重要だと桑名先生は説明する。

  • 強皮症の検査キット

    強皮症の検査キット

  • 「治療はただ単に薬を処方すればよいのではありません。できるだけ早く診断し、その患者さんの将来を正確に予測し、その上で病状が進行して内臓や機能の障害が進む患者さんへの適切な治療。この3つのステップが必要なのです」

    桑名先生が発見した検査は抗体と呼ばれるものの一つで、留学から戻って特許の取得、検査試薬会社と共同で検査キットの開発、さらに臨床試験。現在ではこの抗体検査を行うことで強皮症を診断し、重症化しやすい患者さんを特定できるようになった。

    「抗体を見つけるまでは研究ですが、それが診療で広く使われ、患者さんの治療に役立って初めて成果といえます。抗体の発見から検査キットが広く診療で使われるまでには20年かかりました」

  • 診察風景

    診察風景

現在はこの検査は保険診療での測定が可能になり、世界60カ国以上で活用されています。また分子標的薬の開発も進んでおり、すでに多くの薬が国際的な臨床試験の段階に入っているという。桑名先生は強皮症の国際的な専門グループのメンバーで、新薬をいかに適切に評価するか、承認後にどのように適正に使っていくかなど学会や行政との連携、ガイドライン作りで中心的役割を果たしている。

治療効果を高めるために専門機関で早期診断を

かつては患者さんに膠原病の診断、将来を説明するのがつらかったという桑名先生だが、今では「この治療をすれば良くなります、と自信を持って患者さんに説明できるようになったことがうれしいですね」と胸を張る。

「かつては妊娠・出産を諦めなければならないことが多かったのですが、最近は治療により病状が改善し、無事に出産できた方が増えています。そうした患者さんがお子さんを連れて受診される姿を見ると、医師としてやりがいを感じます」

膠原病では早い段階で専門機関を受診し、適切な治療で病気を抑え込むことが重要である。

例えば強皮症。指先が冷えると、白や紫に変色したりする症状が表れるのだが、いわゆる更年期の冷え性と似ているため見落とされがちだ。早い時期に診断、治療ができればそれだけ治療の効果も高いため、早期に専門機関を受診することが大切だ。

「膠原病は20〜40代で発症する女性が多く、その後の人生がとても長い病気です。膠原病の患者さんが、病気になる前に持っていた夢を描いてもらえることが治療の目標です。それが実現できるように、今後も最適な医療を提供していきたいですね」

桑名 正隆先生

桑名 正隆先生(くわな・まさたか)

日本医科大学大学院医学研究科
アレルギー膠原病内科学分野 教授
日本医科大学付属病院リウマチ・膠原病内科 部長

1988年慶應義塾大学医学部卒業。同大学大学院医学研究科で博士課程修了後、1993年からピッツバーグ大学リウマチ内科に留学。慶應義塾大学医学部リウマチ内科准教授を経て、2014年から現職。膠原病全般を対象に、特に強皮症、筋炎、膠原病に伴う間質性肺疾患、肺高血圧症の診断・治療が専門。

強皮症診療では第一人者として臨床試験やガイドライン作成を取りまとめている。日本内科学会総合内科専門医・指導医。日本リウマチ学会リウマチ専門医・指導医。

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