変わり続ける時代の中で、新たな医療を創り出そうと挑み続ける医師たち。そのチャレンジの根底にあるもの、その道程に迫ります。
創人
リハビリテーションで機能回復をサポート
患者の人生に寄り添う医療を
生活の場に戻れるように患者を支えるリハビリ
「患者さんの生活や人生まで、しっかり見られる医師になりたい」リハビリテーション科で日々患者に接する松元秀次先生は、医師としてスタートラインに立った時からそう心に決めていた。
リハビリは人生のあらゆる場面で、いつ必要になるか分からない。子どもからお年寄りまで幅広く、それぞれの患者に寄り添うような関わり方が「自分が目指している医師像に重なった」、と振り返る。
「NICUで産まれたばかりの赤ちゃんに対して、寝返りやポジショニングの練習をすることもあります。わずか 1500グラムくらいだった子が無事に退院して、元気に小学校に通っている姿を見せに来てくれた時には涙が出そうになりました。
10時間以上の脳外科手術の術前・術後でリハビリをしたお子さんが、『大学に入りました』と年賀状をくれたのもうれしかったですね」リハビリテーション科の恩師から言われた「病気を診るだけではなく、障害を診なさい。患者さんの生活を見なさい」という言葉が、今でも心に残っているという。
「入院患者さんだったら、食事や排泄(はいせつ)の場面で困っていることがないかを必ず見にいきます。ご家族が自宅でのケアを受け入れられるかは、食事と排泄ができるかどうかによるからです。
患者さんが生活の場に戻れるようにするのが大事だと、恩師は伝えたかったのでしょうね」今でも故郷である鹿児島に頻繁に帰っているのは、以前に勤務していた病院で長く診てきた患者のサポートを続けるため。患者一人ひとりを大事にする、それが松元先生が大切にしている医師としてのスタイルである。
各診療科との連携が強み早期介入で予後を改善
リハビリテーションの需要が高まる一方で、専門とする医師の数はまだまだ少なく、国内に約2200人しかいないのが現状だ。理学療法士や作業療法士といったリハビリスタッフに任せっきりの〝お任せリハ〞になってしまっている医療施設も少なくない。
松元先生がメインで診療する日本医科大学千葉北総病院では、先生をはじめとするリハビリテーション専門医の指導の下、患者にとって最善のリハビリを提供している。
「当院の強みは急性期治療後のリハビリに力を入れているところ。脳卒中の患者さんが運ばれてきた時には、すぐに脳神経外科と情報を共有し、その日のうちにリハビリをスタートさせます。
できるだけ早く始めることで、患者さんの予後には大きな差が出ます」治療後に動けない状態が続くと、筋力低下や関節拘縮の状態になる廃用症候群を引き起こす可能性が高まる。1日寝たきりで過ごした場合、筋肉は2%落ちるといわれており、取り戻すにはおよそ3倍の時間が必要だ。高齢者であれば事態はより深刻で、早い段階でのリハビリ介入が欠かせない。
さらに同院では、がん治療や外科治療と組み合わせたリハビリでも力を発揮している。
「地域がん診療連携拠点病院として手術件数も多い当院では、術前から患者さんのサポートを始めます。 例えば呼吸器外科の手術後は、息をするのにも痛みが伴います。しかし、あらかじめ呼吸をしやすくする方法を患者さんにお伝えして、痰(たん)を出すための練習をしておく。
そうすると手術後にパニックに陥ることなく、スムーズに呼吸ができるようになるのです」術後の経過が格段に良くなるため、現在ではすべての診療科と連携をとりながら患者をケアしている。
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上からワイヤで腕を懸垂して電気刺激を与える。肩、肘の運動機能をサポート[CoCoroe AR2]
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画面に合わせて手を動かし、上肢全体をトレーニング。3次元に動かすことができる[ReoGo-J]
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レバーを動かして、前腕をひねる訓練。電気刺激で前腕の回内筋、回外筋に働きかける[CoCoroe PR2]
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機能的電気刺激装置「ウォークエイド」を用いた歩行訓練
補助ロボットを使うことで歩行訓練の効果を高める
臨床とともに松元先生が力を入れているのが、補助ロボットの研究・開発である。リハビリテーションの分野でもロボット技術の進化は目覚ましく、さまざまなタイプの補助ロボットが開発されている。なかでも体に直接装着して歩行のアシストをする、ロボットスーツ「HAL」は広く使用されている。
「補助ロボットがあることで、リハビリの効果を高めることができます。野球でも正しいフォームで素振りを続けなければ、上達しませんよね。それと同じで、正しいフォームで歩くことがリハビリではとても重要です。
患者さんが10のうち3の力しか出せないところを、関節運動をアシストすることによって10の力に近づける。きれいな歩容を繰り返すことで、正常な歩行を目指していきます」療法士が体を支えながらの歩行訓練では、どうしても歩行量を増やすことが難しいが、補助ロボットを使えば訓練時間を増やせるメリットもある。松元先生が研究テーマとして取り組んでいるのは、そうした歩行補助ロボットと組み合わせる電気刺激を使ったデバイスの検証だ。
「電気の刺激を与えることで足の振り出しを良くする装置の一つに、『WalkAide(ウォークエイド)』があります。脳卒中や腓骨神経麻痺の患者さんは、下垂足と言って、つま先を引きずるような歩き方をします。ふくらはぎに比べて足の前側についている筋肉(前脛骨筋)が小さいためです。
そこに足を振り出すタイミングで電気刺激を与えます」刺激されることで麻痺していた筋肉が動くようになる効果や、脳が活性化されることで障害が克服される可能性があるのではないかと、松元先生は予測している。
日本医科大学のリハビリテーション科
日本医科大学のリハビリテーション科では2つの付属病院(日本医科大学付属病院、千葉北総病院)を中心に、脳卒中・脳外傷・脳腫瘍などの脳疾患、脊髄損傷・脊髄腫瘍などの脊髄疾患、心筋梗塞・心不全などの循環器疾患をはじめとする、幅広い疾患や障害に対するリハビリを実践しています。リハビリテーションを専門とする医師と、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、看護師が一つのチームとなり、一人ひとりの機能回復をサポートしているのが特徴です。特に急性期リハビリ治療に強みがあり、各診療科と連携しながら早期介入することで、患者さんの1日も早い社会復帰を目指します。
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日本医科大学千葉北総病院のスタッフ
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日本医科大学4病院リハビリテーション科関係者一同
日々回復を実感できる患者の喜びがやりがいに
さらに松元先生が実用化を目指し開発しているのが、上肢訓練用の補助ロボットである。これまで欧米での研究が盛んだった分野だが、腕全体を動かすような大まかだったものを、手関節・肘ひじ・肩と細かなパーツごとに動きの訓練ができるようにした。
すでに企業と一緒に製品化に向けて検証が進められている。日々、患者のために力を尽くす先生のモチベーションになっているのは、一体何なのだろうか。
「急性期病院でのリハビリでは、患者さんが日に日に回復していきます。寝返りもやっとだった方が、次の日には歩行訓練ができる。目に見えて良くなっているのが、患者さんにも実感してもらえるのはうれしいですよね。その姿を見ることが、医師としてのやりがいにつながっています」
松元 秀次先生(まつもと・しゅうじ)
日本医科大学リハビリテーション学分野大学院教授
リハビリテーション科部長
1997年鹿児島大学医学部卒業。鹿児島大学大学院医歯学総合研究科リハビリテーション医学講師を経て、2017年から現職。
神経細胞にダメージがあっても、ほかの神経細胞が代替して機能する「脳の可塑性発現」のメカニズムにいち早く着目し、リハビリテーション治療に取り入れた第一人者。新しいリハビリテーション治療機器開発にも積極的に取り組んでいる。