変わり続ける時代の中で、新たな医療を創り出そうと挑み続ける医師たち。そのチャレンジの根底にあるもの、その道程に迫ります。

創人

赤く盛り上がる“傷跡”から患者の悩みを解決していく

hippocrates 30号 2026年07月発行

日本でも数少ないケロイド治療の専門家である土佐眞美子先生。 これまでケロイド専門外来で診てきた患者さんは1万人を超える。 治すのが難しいとされる重症例を数多く診療してきた経験を生かし、一人一人の悩みに寄り添いながらオーダーメイドの治療を提供する。

父の言葉で日医大へ
充実した大学生活を送る

  • 土佐眞美子先生
  • 御徒町生まれで「江戸っ子3代目」と話すのは、形成外科医の土佐眞美子先生。日本医科大学付属病院がある谷根千エリアは、小学5年生で引っ越すまでよく遊んでいた場所だった。土佐先生が医師を目指そうと思ったのは、高校生まで熱中していたバスケットボール部で膝のケガをしたのがきっかけだ。

    「高校3年生の時に1カ月入院したんです。病院でいきいきと働く人たちの姿を見て、患者さんの支えになるとても素晴らしい仕事だなと思いました」

    日本医科大学を選んだのは父の勧めだった。地方の国立大学にも合格していたが、父から「日医大に行ったほうがいい」と背中を押された。

    「おおらかな校風でとても居心地がよく、楽しい6年間を過ごしました」

大学ではオーケストラ部に入部。子どもの頃に上野の文化会館で「白鳥の湖」を聴き、出だしのオーボエの音色に魅了されたからだ。全国の医科大学のオーケストラ部と一緒に合宿や演奏会をする機会があり、大学を超えたつながりができた。

「今でも学会に行けば当時のメンバーに再会できます。勉強と部活を両立するのは大変でしたが、その分、得たものも大きかったです」

出産・育児をきっかけに
キャリアの方向転換

  • 卒業後、土佐先生は形成外科の道を選んだ。中でも、口唇口蓋裂、小耳症、多指症など、生まれながらの疾患を持っている小児の診療を専門にしていきたいと思っていた。

    ところが、予想外のことが起こった。結婚、妊娠でライフステージが大きく変わったことに加えて、予定よりも大幅に早く生まれてきた我が子の体重は810グラムしかなかったのだ。

    「娘は無事に成長しましたが、当時は命の危険もありました。娘を育てながら、小児の患者さんに対応するのは難しいだろうなと」

    今なら医師たちがチームで患者を診ることもできるが、当時は主治医が決まっていて、出産後の女性医師をサポートするような制度もなかった。土佐先生はそれまで思い描いていたキャリアを諦め、方向転換することにした。

    出産から1年半後、武蔵小杉病院に形成外科が開設されたタイミングで仕事に復帰。現在の研究にも続くケロイドに興味を持ったのはこの頃だ。ケロイドとは、皮膚の真皮で炎症が続くことにより生じる疾患で、ニキビやピアス跡などの傷口、手術痕から引き起こされる。当時、同院の中には老人病研究所(現・先端医学研究所)があり、そこで基礎研究をしていたガジザデ・モハマッド先生がケロイドについて研究されていた。

  • オーケストラ部の仲間たちと

    サントリーホールで行われた全日本医科学生オーケストラ演奏会で

「何度か話をするうちに『一緒に研究をしないか』と声をかけられたんです」

ケロイドは人にしかできたいため、動物からはサンプルが得られない。その点、形成外科では手術でケロイドを摘出するので、そこから細胞を分離して研究を進めることができる。土佐先生は研究によって、ケロイドがなぜ起こるのか、発症に関わる遺伝子の特定や、再発を抑える有効な治療法の確立を目指して解析を続けた。

早期発見・早期治療で
ケロイドは“治せる”

ケロイドは放っておくとどんどん大きくなる。顔にできたニキビからこぶのような塊になるなど見た目への影響が大きいが、問題はそれだけではない。ケロイドには「赤くて、硬くて、かゆくて、痛い」という特徴がある。

「例えば胸にケロイドができると、痛みで胸が張れずにずっと縮こまった状態になってしまいます。下腹部の縦傷ではケロイドが足の付け根まで伸びていくので、歩くたびに痛みが出ることも」

ケロイドだと気付かずに、症状がひどくなってから初めて医療機関を受診する人は多い。近くの病院を受診しても「治らない」と言われることがあり、適切な治療を受けられないまま諦めてしまっている人もいる。

そこで土佐先生が武蔵小杉病院で始めたのが「Scar Control外来」である。産婦人科と連携し、ケロイドになりやすい帝王切開の手術痕をケアするために、希望する全ての患者さんに対して退院前に診療を行うことにしたのだ。

「外来で500人を調査したところ、手術から1カ月後の傷跡でケロイドの兆候を見つけられると分かりました。さらに、そのタイミングで治療を開始した結果、1年後にケロイドになる患者さんの数がゼロになったのです」

現在、土佐先生らが担当する日本医科大学付属病院のケロイド専門外来には、全国から年間約2000人の患者さんが訪れる。他院では治療が難しい重症の患者さんが紹介されてくることが多く、10年、20年と痛みやかゆみを我慢してきた人もいる。

ケロイドの治療には2つの方法がある。1つはケロイドを切除する手術、もう1つは薬剤を使って炎症を抑える保存療法。手術をする場合は、再発予防で放射線治療を同時に行うこともある。土佐先生はその限られた治療法の中から、一人一人の患者さんの状態や生活環境に応じて、ベストなタイミングと組み合わせを選択している。

  • スクラブ

    日本医科大学形成外科学教室のロゴ入りスクラブ

  • 「ケロイドが一般的に“治らない”と誤解されているのは、長期にわたって経過を診ていかなければならない疾患だからです。当院ではそうした病気の特性に応じて、しっかり患者さんに並走していく体制が整っているので、“治す”ことができるのです」

    同院では小川令主任教授の働きかけで、世界で活躍している医師たちを招き、常にケロイド治療のスキルアップを図る機会を設けている。特効薬がないからこそ、現在も土佐先生は新薬開発に向けた基礎研究に力を注いでいる。その上で、早めに受診することの大切さを呼びかける。

    「傷口が“赤く盛り上がって硬い”のは、何か異常が起こっている可能性があります。その状態が半年以上続くのであれば、医療機関を受診しましょう」

    早い段階で治療ができれば、短い期間で良くなる。特に痛みやかゆみがあれば「迷わず受診してほしい」と訴える。

【日本医科大学付属病院
形成外科・再建外科・美容外科】

  • 日本屈指の伝統を誇る同科では、これまでの豊富な診療実績から専門外来が充実している。土佐先生の専門である「ケロイド・傷あと外来」をはじめ、手足のケガや変形に対応する「手足の外科外来」、熱傷後の再建に取り組む「熱傷再建外来」、外傷治療に強みのある「顔面骨折外来」、がん手術による乳房や頭頸部の再建を行う「乳房再建外来」「頭頸部再建外来」など、それぞれ最先端の医療技術を習得した医師たちが診療にあたっている。

  • スタッフ

ダイバーシティ推進で
誰もが働きやすい環境に

  • 土佐先生は臨床と研究に加えて、「しあわせキャリア支援センター」のセンター長として、医師が働きやすい環境づくりにも取り組んでいる。日本医科大学が取り組むダイバーシティ推進の一環として、しあわせキャリア支援センターではベビーシッター派遣事業割引券の発行や病児保育の利用補助などで、研究と育児を両立する医師たちを支援している。

    「“できない”理由を挙げるのではなく、“どうすればできるか”を一緒に考えていきたい」

    子育てとの両立でキャリアの選択を変えた土佐先生だからこそ、若い医師たちのキャリアを応援していきたいと思っているのだ。土佐先生にとってケロイド治療は思い描いていた道ではなかったが、今ではそれがやりがいになっている。

    「長く苦しんできた患者さんから『治療のおかげで本当に楽になった』と言ってもらえる。医師の喜びはこれに尽きると思います」

  • ケロイド専門外来のメンバー

    ケロイド専門外来のメンバー(左から、土佐先生、小川先生、土肥先生、西條先生)

    しあわせキャリア支援センターのメンバー

    しあわせキャリア支援センターのメンバーたちと

土佐眞美子先生

土佐 眞美子先生(とさ・まみこ)

日本医科大学付属病院
形成外科・再建外科・美容外科 教授

1992年日本医科大学医学部卒業。1992年に同大学形成外科に入局。救命救急センター、皮膚科、外科での研修を受け、日本医科大学付属病院形成外科、同大学武蔵小杉病院に勤務。2021年から現職。ケロイドの専門家として手術や保存的治療を行うほか、まだ特効薬のないケロイドに対する新薬開発を目指した研究に力を入れている。

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