変わり続ける時代の中で、新たな医療を創り出そうと挑み続ける医師たち。そのチャレンジの根底にあるもの、その道程に迫ります。

創人

患者さんの負担を減らしたい一心で
低侵襲手術・手技を推進

hippocrates 28号 2026年02月発行

消化器の中でも頸・胸・腹の三領域にまたがる食道外科を専門とする牧野浩司先生。 数々の高難度手術に挑み、胸腔鏡・腹腔鏡手術、 ロボット支援下手術などの低侵襲治療を安全に導入するために力を尽くしてきた。 現在は多摩永山病院院長として病院全体のホスピタリティ向上にも力を入れている。

中学のとき抱いた志を貫いて医師の道へ

  • 牧野先生
  • 「中学3年のときに母親が心臓弁膜症で弁置換術を受け、人の命に関わる職業に携わりたいと胸部外科医を志すようになりました」と、牧野浩司先生は話す。数年前に亡くなった母親の人工弁は、「初心を忘れないように」と今も院長室に大切に保管されている。

    子どもの頃に抱いた決意はその後もぶれることはなく、日本医科大学に入学した。学生時代はヨット部の活動に打ち込み、チームのキャプテンを務めた。

    「夏場はほとんど合宿所で過ごし、江の島でヨットに乗る日々でした。今思えば、そうした合宿生活を通じて先輩、後輩のつながりもできましたし、チームで力を合わせて一つの目標を目指すエネルギーをひしひしと感じていましたね」

そんな若き日の経験は、手術を成功に導くチームワークや技術を後進に伝える指導にも生かされているという。医学部ではさまざまな部位の手術を間近で見て学ぶうち、消化器外科も面白く感じるようになっていった。

  • 「消化器外科医は腹部全般の臓器と胸部と頸部の一部にある食道を含めて幅広いさまざまな臓器を手術します。胸部外科にも惹かれていたのですが、ヨット部の先輩もいたし、明るく積極的な雰囲気に押されて、日医大の中でも最大の医局である消化器外科に入局しました。ただ、人間の意志とは不思議なもので、初心がどこかに残っていたんでしょうね。最終的には消化器外科で唯一、胸部手術を扱う食道外科を専攻しました」

  • 留学中

    ジョンズホプキンス大学に留学中にラボのボス(中央)と

  • 米国癌学会

    米国癌学会でのポスター発表

  • ヨット部

    ヨット部で仲間と(一番左が本人)

高難度手術に挑み解決の糸口を見出す

牧野先生が食道外科を志した頃は、「開胸食道切除術+開腹での胃管作成」に加えて「頸・胸・腹の三領域のリンパ節郭清」が標準手術だった。食道の近くには大動脈、気管などの生命維持に直結する臓器が密集していて、それらにがんが浸潤している場合、少しでも手元が狂えば大出血して命を落とす可能性もある。精神的にも緊張を強いられ、手術時間が10時間を超えることも珍しくない。

「術前の診断でできるだけ多くの検査画像を見て腫瘍を取り切れるかどうか見極め、あらゆる局面をシミュレーションして臨んでいました。それでも実際に開けてみると、命を優先して諦めなければならない場合もあります。しかし、進行がんでも『きっと切除可能だ』と診断して、実際に想定通りの手術ができたときは『自分も少しは成長したな』と感じることができました。難しい局面にチャレンジすること、その中から解決の糸口を見つけていくことが性に合っているようです」

手術で取り切ることができたとしても、腹部と胸部を大きく開く手術は患者さんにとって負担が大きく、一定の割合で再手術や合併症のリスクも伴う。再手術したものの命を落としてしまうケースも見てきた牧野先生は、「この状況をなんとか克服したい」と思い続けてきた。ちょうど胸腔鏡手術導入の時期が重なったことも大きな転機だったと振り返る。

「他の分野では胸腔鏡や腹腔鏡による手術が普及し始めていましたから、なんとか当院の食道外科でも『胸腔鏡下食道切除術+腹腔鏡下胃管作成術』を導入しなければと力を注ぎました。特に食道を手術する際、右側から胸腔鏡を挿入するのに対して、左側の反回神経のリンパ節郭清は気管の陰になって切除しづらい最難関です。食道を一度離断して、それを術野から外せば郭清しやすくなるのですが、離断した食道をそのまま左右に動かしただけでは変わらないので、反転させて食道の中に引き込むようにすればうまく避けられるだろうと思いついたのです」

  • 下肢静脈瘤に行われているストリッピング術(病的な静脈を引き抜いて除去する治療法)に似た発想から見出したこの工夫を「食道のストリッピング法による左反回神経リンパ節郭清」と題して発表すると、学会でもシンポジウムやパネルディスカッションのテーマに採用されるなど注目された。

    牧野先生は、増えている食道・胃接合部がんにも胸腔鏡・腹腔鏡を導入し、術後の縫合不全など合併症への対応にも再手術ではなく、内視鏡を使用したクリッピング術などによる閉鎖を行い、低侵襲下に対応する方法を実践してきた。

    さらに、細くて体の負担が少ないとされる経鼻内視鏡を用いて治療する過程で、これにも鼻出血や鼻痛などの欠点があることに気づき、医療機器メーカーとネイザルスライダーと呼ばれる補助具を開発、特許を取得した。こうした活動の全てに共通するのが「なんとか患者さんの負担を軽減したい」という強い気持ちだった。

  • ネイザルスライダー

    経鼻内視鏡時の鼻の痛みを軽減するために開発した「ネイザルスライダー」

    人工弁

    今も大切に保管している亡き母の人工弁

実験動物癌と食道癌進展の分子生物学的解析に従事

臨床に成果を還元すべく、研究にも力を入れた。国立がんセンター研究所では実験動物のがんの遺伝子変異の解析研究を行い、その後、ヒトの遺伝子でも確かめたいと米国ジョンズホプキンス大学に留学。ヒトの食道がん組織と正常組織での遺伝子発現の違いを網羅的に解析した。論文は後々活用され、医学の進歩への礎となった。

このような、がん細胞の遺伝子変異の種類を詳細に調べる研究で目指したのは個別化治療。自身の研究とは直接関係ないが、胃癌においては薬物治療を行う前にバイオマーカーを調べ、効果が期待される薬物を選択して癌を縮小・制御する治療が標準となっている。さらに、その薬物治療後に縮小したもともと切除不能と診断された進行がんに対して手術を行うコンバージョン手術が多数行われるようになったことも感慨深いと言う。

2023年からは院長の立場で病院運営の舵を取る牧野先生。その間、外科治療の潮流は開腹手術から腹腔鏡・胸腔鏡下手術へ、そして現在ではロボット支援下手術が普及しつつある。多摩永山病院は2023年に最新型の手術支援ロボットを導入し、消化器外科でも直腸、結腸、食道、胃、肝臓、膵臓の治療に用いられている。手術件数は南多摩地域で最多となり、泌尿器科、呼吸器外科とともに「ロボット支援下手術の多摩永山病院」となりつつある。

「私自身はロボット支援下手術を行っていませんが、傷が小さく患者さんの負担が少ないうえ、合併症もより少なく、とてもよい治療だと思います。ロボットの鉗子には関節機能があるため食道の左反回神経など深いところにある部位も縫合しやすく、操作する外科医にとっても手技を習得しやすい利点があります。ただし、若手外科医にも公平に手術経験が積めるような運用も考えていかなければなりません」

【日本医科大学多摩永山病院消化器外科】

  • 食道、胃、大腸、肝胆膵の悪性腫瘍をはじめ、胆石、ヘルニア、虫垂炎などの幅広い疾患を対象として、専門医が中心となって治療にあたっている。腹腔鏡・胸腔鏡による低侵襲手術を積極的に行うほか、南多摩地区では数少ないダヴィンチXiをいち早く導入し、食道がん、直腸がん、結腸がん、腎臓がんのロボット支援下手術を実施している。昨年のロボット支援下手術の件数は地域で最多なだけでなく、日本医科大学4付属病院の中でも最多。

  • スタッフ

ホスピタリティも大切に
新病院建設へ向けて尽力

臨床、研究、教育ともに時代によって大きく変化する潮流を読みつつ、病院全体のホスピタリティ向上にも目を配ってきた。

「病院は一歩足を踏み入れたときの印象も大事です。築48年の当院は古くて殺風景だったので、心地よい空間を提供するため工夫してきました。地域とのコラボレーションもテーマに、病院玄関や壁面に多摩美術大学の学生作品などを飾ったのもその一つ。玄関脇の花と緑の庭園は園芸療法を行っている恵泉女学園大学園芸学科の方々とともに造り、車いすでも作業のできるレイズドベッドを設置しました。また、患者さんや職員の癒やしのスペースとなって好評をいただいています」

外科医不足、働き方改革への対応など院長として対峙する課題は山積みだが、目下、最大の目標は新病院への建て替えを実現することだ。

「現時点の病床稼働率は90%以上と、東京都・南多摩医療圏の患者さんに貢献していることは間違いありませんので、引き続き、最大限の努力を続けていきます。新病院が私の悲願。本音を言えば、1日でもそこで働けたらベストですが、建替えが決定されるのをなんとしても見届けたいですね」

牧野浩司先生

牧野 浩司先生(まきの・ひろし)

日本医科大学多摩永山病院 院長
消化器外科部長

1988年日本医科大学医学部卒業。1997年同大学院にて博士号取得(医学博士)。国立がんセンター、日本医科大学付属病院第一外科などに勤務し、2000年に3カ月間米国ジョンズホプキンス大学に留学。2011年から日本医科大学多摩永山病院消化器・一般・乳腺外科部長、病院教授などを務め、2024年から現職。研究テーマは「食道がんや胃がん患者さんの手術・検査の低侵襲化と個別化治療を目指して」。

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