変わり続ける時代の中で、新たな医療を創り出そうと挑み続ける医師たち。そのチャレンジの根底にあるもの、その道程に迫ります。

創人

再び笑顔を取り戻せるように
最高のリハビリテーションを提供

医学部を卒業したばかりの頃にリハビリテーション医学に出会い、この道に進むと決めた青柳陽一郎先生。 それ以来、リハビリテーション医学一筋に突き進み、嚥下リハビリテーションやニューロリハビリテーションでは分野をリードする立場になった。 さらに医療の質を高めるために、現在も臨床、研究、教育にまい進している。

日本ではまだ珍しかったリハビリテーション医学

病気やケガなどで損なわれた身体的機能を回復して、社会生活を送れるように治療や訓練を行うリハビリテーション医学は、大戦後のアメリカで発展してきた。日本ではまだ医学分野として確立していなかった1990年代はじめ頃、医学部を卒業したばかりの青柳陽一郎先生は、横須賀米軍海軍病院のインターンとしてこの分野に触れることができた。

「通常の医学は、臓器ごとに診断と治療をしますが、リハビリテーション医学は患者さんの障害や生活全般を診る。それまで学んできたどの医学分野とも違っていて、すごく面白いと思いました」

米軍海軍病院でのインターン期間を終えると、海軍病院の先輩がいる慶應義塾大学病院のリハビリテーション科に入局した。当時の日本にはリハビリテーション医学教室がほとんどない中、この分野を牽引してきた千野直一先生や木村彰男先生といった先駆者が主宰していた教室だ。

「私はこの道で行こうと決めていましたが、最初からリハビリテーション科を目指すのは今でもマイノリティーかもしれません。整形外科や神経内科などで医師のキャリアをスタートして、その後リハビリテーション科を目指す人もいるので」

慶應で研修後、1996年から約1年間は、埼玉県立リハビリテーションセンターで働いた。この年は「リハビリテーション科」という標榜が認可された年。日本のリハビリテーション医学が本格化し始めたタイミングだった。

カナダ留学で最先端のニューロサイエンスを学ぶ

1998年からは、カナダのアルバータ大学に留学した。その前年に京都で開催された国際学会の懇親会で、歩行の神経生理学で知られるRichard Stein教授と意気投合し、誘われたのだ。

  • 「Stein教授がアルバータ大学ニューロサイエンス(神経科学)センターに博士課程コースを開設するとのことで、その1期生として留学させてもらうことになりました」

    留学先のニューロサイエンスセンターでは、リハビリテーション・ニューロサイエンス・グループに所属。脊髄損傷などにより歩けなくなった人の脊髄や末梢神経に対する機能的電気刺激、歩行の中枢メカニズムに関する基礎研究を行った。また、臨床寄りの研究として、アルバータ大学のリハビリテーション科医のMing Chenとともに神経生理学的手法を用いた運動単位数推定法に関する研究にも携わっている。

  • 2002年2月 PhD dissertationが終わった日にアルバータ大学近くの日本料理店にて。左から3番目が筆者、右端がDr. Ming Chen、右から3番目がDr. Richard Stein

この4年間のカナダ留学によって博士号を取得し、青柳先生はニューロサイエンスという強みを持つリハビリテーション科医となった。その強みは、電気刺激療法などを行うことで脳に刺激を与えて機能を再生させる「ニューロリハビリテーション」につながる。それ以来、ニューロリハビリテーションは青柳先生が特に注力してきた研究分野の一つであり、臨床現場でも積極的に実践してきた。

嚥下障害のパイオニアとして研究と臨床をレベルアップ

留学から帰国後は、川崎医科大学を経て、藤田医科大学でリハビリテーション医学の臨床、研究、教育を進めていった。この頃から力を入れているのが嚥下障害へのリハビリテーションだ。脳卒中などによる脳損傷の後、食べ物を飲み込めなくなったり、食べても誤嚥してしまうなどの摂食嚥下障害に対して、状態を評価し、どこに問題があるのかを調べて、口から食べられるようになることを目指して治療や訓練を行う。

その中でも、嚥下造影検査、内視鏡カメラを用いた嚥下内視鏡検査、喉の周囲の筋肉を評価する筋電図検査など、どこに問題があって、なぜ食べられないのかを調べることを重視している。特に、飲み込んだときの咽頭の内圧を調べる高解像度マノメトリーに関しては、日本におけるパイオニアで、十数年前からトップランナーとして推進してきた。

「内視鏡や造影検査では飲み込む様子を観察できますが、映像だけでは原因まではなかなかわかりません。例えば、咽頭の収縮が悪いから食べ物を喉の奥に押し込めないのか、食道の上部が開きにくくてのどに溜まるのか、マノメトリーで調べることでその違いがわかります。そこまで理解した上で、どのように治療・訓練するかを摂食嚥下チームで検討するのです」

  • 今は摂食嚥下リハビリテーションもリハビリテーション医療の一つとして広く認知されるようになったが、なぜここまで嚥下障害にフォーカスしているのだろうか。

    「食べられるか否かは、退院を決めるときの基準にもなるほどとても重要なポイントです。特に高齢者にとっては、食べることは一番の楽しみなことが多いですから、食事ができるようになると精神的にもとても明るくなります。嚥下リハビリテーションによって口から固形物を食べられるようになると、体重も増えて、体力がつき、行動範囲が広がるなど、QOLの向上に直結します」

  • 「療法士は患者様と接する時間が長いので、日々の変化や希望など患者様の想いに十分に傾聴し、身体機能面だけでなく、精神的な部分へのアプローチも含め一人ひとりに寄り添うことを意識しています」と話す、療法士をまとめる作業療法士の中山愛さん

【日本医科大学付属病院リハビリテーション科】

日本医科大学付属病院リハビリテーション科は、リハビリテーション科医、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士からなる。若手スタッフが多く、活気があって明るい雰囲気の中、日々患者さんと向き合っている。近年のリハビリテーション医学は、肢体不自由、運動障害にとどまらず、嚥下障害、疼痛、呼吸循環障害、悪性腫瘍の合併症などさまざまな障害を対象とする。そのため多くの診療科と連携して、医療の質や患者さんのQOL向上に努める。最近は、嚥下障害の診断・治療、急性期脳卒中リハビリテーション、痙縮に対するボツリヌス毒素(ボトックス)治療を専門的に行っている。

  • カンファレンス

    嚥下リハビリテーションチームでのカンファレンス

  • 嚥下リハビリテーションチーム

リハビリ科スタッフを倍増 全科との連携体制を強化

2020年に日本医科大学に赴任した青柳先生は、付属病院リハビリテーション科の改革に乗り出した。

まず、赴任当時は26人だった療法士を、その後の約4年で47名まで増やした。そうすることで、入院48時間以内の超急性期からのリハビリテーションを行う体制が整った。

「超急性期からの体制実現は、本院の強みである高度救命救急センターやストロークユニット(SU:脳卒中チーム)をはじめ、各科の先生の協力のお陰です。今では、心臓リハビリテーションを循環器内科と、聴覚領域リハビリテーションを耳鼻咽喉科と、というようにほぼ全科と緊密に連携しながらリハビリテーションを行っています」

研究にもさらに意欲的に取り組む。専門である嚥下リハビリテーションとニューロリハビリテーションのほか、リハビリテーションロボット、AIを使った機器開発、ウェアラブルデバイスによる動作解析など、最先端技術を導入した研究も多い。

一方で、リハビリテーションは患者さん自身の努力が欠かせない。通常の医療でも患者さん自身の治癒力は必要だが、医師や薬が治療の主体となる臓器別の治療と、リハビリテーション医学とではそこが大きく異なる。

  • 嚥下造影検査

    飲み込みの様子を評価する嚥下造影検査

  • 嚥下内視鏡検査

    内視鏡カメラを挿入して行う嚥下内視鏡検査

「患者さんのモチベーションをどうやって高めるかは常に重要なテーマの一つです。簡単すぎても飽きてしまいますし、難しすぎてもがんばれません。なので療法士や医師は、1つの課題をクリアしたらもう一段上の課題を出すというように、相手の性格や状態に応じて対応し続けます。そういう意味では、オーダーメードの要素が強い医療だといえるでしょう」

赴任当時から比べれば格段に充実したが、現状に満足してはいないという青柳先生。「リハビリテーションを理解して進めてくれる仲間を増やしていく」を今後の目標として、全学でのリハビリテーション体制をさらに強めていきたいと語った。

青柳 陽一郎先生

青柳 陽一郎先生(あおやぎ・よういちろう)

日本医科大学大学院医学研究科リハビリテーション学分野 大学院教授
日本医科大学付属病院リハビリテーション科 部長

1993年京都府立医科大学医学部卒業。横須賀の米海軍病院で1年間インターンの後、慶應義塾大学医学部リハビリテーション医学教室に入局し、アルバータ大学留学、川崎医科大学、藤田医科大学を経て、2020年より現職。嚥下障害を専門として、痙縮治療、ロボットリハビリテーション、電気生理学、心臓リハビリテーション、森林医学を得意とする。

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