変わり続ける時代の中で、新たな医療を創り出そうと挑み続ける医師たち。そのチャレンジの根底にあるもの、その道程に迫ります。
創人
3次元画像診断法の開発で
より正確な診断と治療へ
先輩の勧めで日本医大に
大学時代はジャズに熱中
父は画家で、親戚に医師は一人もいなかったと話すのは、林宏光先生。高校3年生のとき、すでに医学部に進学していた先輩に進路を相談すると「もし医師を目指すのなら日本医科大学がいいと思う」と勧められた。
「先輩のアドバイスを受けて、日本医科大学を第一志望で受験しました」
当時、100人の定員に対して3300人以上の応募があった。林先生は、二次試験の面接のことを今でもはっきりと覚えているという。試験教授から「好きな本は?」と聞かれて、『走れメロスです』と答えると、「それは太宰の本質ではない」と言われ、他の教授とも一緒に大いにディスカッションした。
「医学以外のことを聞かれたのも新鮮でしたし、なんて個性的な大学なのだろうと。さらに興味が湧きました」
大学時代に夢中になったのはジャズビッグバンドだ。楽器の演奏経験はなかったが、音楽部に入ると親に頼み込んでトロンボーンを買ってもらった。
「時にはプロのジャズシンガーと共演することもあって、ものすごく練習をしましたね」 卒業のとき、トロンボーンはクラブに寄付した。
1つの新しい発見が
世界中の患者さんに役立つ
放射線科を専門に選んだのは、音楽部の部長をしていた恵畑欣一先生の教えが大きい。当時、放射線科の教授だった恵畑先生は、「新しい発見をすれば、目の前だけでなく世界中の患者さんの役に立つことができるよ」と、その魅力を語った。放射線医学は他の医学分野と比べるとまだ歴史が浅く、X線が発見されてから100数十年ほどしか経っていない。「だからこそ、1つでも新しい発見をすれば大きく発展する可能性がありました」と林先生は話す。
1980年代、林先生が医師になったばかりの頃は、まだCTのX線管球に電源ケーブルがついていた。ケーブルが絡まるため、同じ方向に連続回転させることができず、画像を1枚撮影するのにも時間がかかった。しかし、数年後にはこのケーブルがなくなり、検査方法は大きく変わる。らせん状に回転させながら連続撮影するヘリカルCTにより、短時間で精細な検査ができるようになったのである。
「それまで血管を撮影すると、輪切りの円のようにしか見えなかったものが、筒の形として見ることができるようになったのです」
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林先生が開発を先導した循環器関連の3次元CT画像(PCI:経皮的冠動脈ステント留置術、Takayasu:高安動脈炎、SG:ステントグラフト、CAD+PAD:下肢CTアンジオグラフィ、CABG:冠動脈バイパス手術、AAD:急性大動脈解離、AKA:アダムキュービッツ動脈)
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CT技術が進化したことが、後に林先生が研究テーマにする3次元画像診断法の開発につながっている。3次元画像診断法とは、CTで撮影した連続データを取り込み、立体的に再構築するもの。隈崎達夫先生らと共に林先生が開発した三次元画像診断法が臨床現場で使われるようになると、あっという間に世界中に広まっていった。
一番影響が大きかったのは、外科だ。今までは輪切りの状態のCT画像から、医師が頭の中で立体化しなければならなかったが、三次元画像によって皆で立体化された画像を見ながら手術のシミュレーションができるようになったのである。術後の経過観察にも使われるようになり、循環器をはじめ多くの画像診断は大きく前進した。
高安病の早期診断に有用なCT所見を発見
この頃、林先生は国外のCTメーカーが企画した放射線科医の会議に参加している。世界中からトップクラスの15名の放射線科医を集めて、ニューヨークで開かれたその会議にアジア・オセアニア地区から参加したのは林先生1人だった。話し合うテーマは、ヘリカルCTの次に、どんなCT装置が世界に必要か。
「朝7時の朝食の時からもう議論が始まり、夜9時まで。それが3日間続きました。私はまだ若くて、周りは権威の先生たちばかりでしたが、みんなで1つのことを決めていく世界基準のプロセスを体験できたことは刺激的でしたね」
そこで話し合ったものが実際に開発され、数年後には現在の主流であるマルチスライスCTが開発された。スライス数を増やすことで、短い撮影時間でも精緻な画像が撮れる。マルチスライスCTは、現在も進化している。
もう一つ、林先生が若い頃から取り組んでいたのが、循環器疾患の画像診断だ。医師になって5年目の時に、欧州放射線学会で「高安病の早期診断に有用なCT所見の解明」をテーマにした研究がCum Laude賞を受賞している。海外で高く評価されたことで、林先生の研究は日本でも受け入れられ、その後、高安病の診断基準が見直された。林先生が発見したのは、高安病になると現れる特徴的なCT所見。「二重のリング状のサイン(double ring-line sign)」と呼ばれて、今では教科書にも載っている。
「それまで高安病の診断をするためには入院して血管造影検査をするしかなかったのですが、外来のCT検査で判別できるようになりました」
高安病の初期は特徴的な症状がなく、疾患を特定するのが難しかったが、林先生が見つけたサインによってからだの負担なく診断できるようになった。「患者さんの治療に結びついたことが何より嬉しい」と話す。目の前の患者だけでなく世界中の患者を救いたいという、放射線科医を目指した時からの林先生の夢が実現したのである。
医療情報を管理・共有し
シームレスで安全な診療を
2011年には日本医科大学付属病院の医療情報センター長に就任した林先生。
「病院に電子カルテを導入するにあたって『ITに疎い林先生に操作できたら、他のみんなもできるようになるから』と任命されたんです(笑)」
それまでの放射線科での研究とは全く違う分野。しかし、林先生はそこでも力を発揮していく。電子カルテの導入と一口に言っても、ただシステムを入れればよいわけではない。放射線画像や血液のデータ、オペ室のシステムなど、院内のあらゆる情報をつなぐ必要がある。各所と連携を取りながら調整を進め、スタートしてから今まで大きなトラブルもなく、運用できている。
さらに林先生は、日本医科大学ICT推進センター長として、日本医科大学、日本獣医生命科学大学、日本医科大学看護専門学校、付属4病院、クリニック、センターのICTに関する事業もとりまとめている。
この取り組みを院外に広げたのが、林先生が運営委員長を務める「東京総合医療ネットワーク」だ。登録する東京都の病院やクリニック間で、電子カルテを共有できるようにした仕組みである。
「病院が変わった時に患者さんが不安に感じるのは、病気の症状やこれまでの治療など自分の情報がしっかり伝わっているかどうかです。そうした患者さんの不安を解消したいという思いで、ネットワーク作りに力を入れています」
これらの取り組みと合わせて、林先生は全国にある30の私立医科大学からなる「医療DX推進委員会」の委員長としても活動している。
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東京総合医療ネットワークの運用エリア(2021年3月時点)
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多忙な毎日だが、林先生は今でも週3日はCT画像の読影をしている。朝は誰よりも早く読影室に行き、一人一人の患者の画像と向き合う。その理由を聞くと、「医者だからですよ」と林先生は軽やかに笑う。
放射線科医として世界にインパクトを与えた研究と、現在の大学や病院間で進める電子カルテを共有した医療ネットワーク作り。林先生は、全く違う2つの視点で医療に関わってきた。しかし、その根本にあるのは「患者さんのために」の変わらない思いなのである。
【東京総合医療ネットワーク】
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東京都医師会、東京都病院協会、東京都福祉局・医療保健局、加盟病院の4本柱で進める電子医療連携システム。例えば、急性期病院で治療を終えた患者が、自宅から近いかかりつけ医院に移った場合に、医師は共有した電子カルテを見ながら診療の経過を把握することができる。検査の結果や投薬の記録も参照できるので、何度も同じ検査をすることや薬の重複を防ぐこともできる。キャッチコピーの「カルテをつなぐ 人をつなぐ」は林先生が考案。現在都内40以上の病院とクリニックが登録している。
林 宏光 先生(はやし・ひろみつ)
日本医科大学ICT推進センター センター長
日本医科大学付属病院放射線科 教授・部長
1987年日本医科大学卒業。同大学放射線医学講座に入局。2020年に教授に就任。日本医科大学付属病院放射線科部長、ICT推進センター長を務める。専門は循環器画像診断学、3次元画像診断学、CT・MRI造影剤の安全性に関する研究。医学博士、日本医学放射線学会監事・代議員、日本脈管学会副理事長。