変わり続ける時代の中で、新たな医療を創り出そうと挑み続ける医師たち。そのチャレンジの根底にあるもの、その道程に迫ります。
創人
画期的な新薬での治療で
皮膚疾患に苦しむ患者を救う
女性が働き続けるために「手に職をつけたい」
神田先生の幼少期は、女性は結婚したら家庭に入るのが当たり前だとされていた。結婚後も働き続ける女性は、ほんの一握り。だからこそ、「働き続けるために手に職をつけたい」と考えたのが、医師を目指したきっかけだった。
「結婚する、しないに関わらず、女性が自分の力で生きていくにはどうすればよいか。それには知識とスキルが必要だと思いました」
高校を卒業し、東京大学理科三類に入学。1学年に100人いる学生のうち、女性はたった5人しかいなかった。さまざまな学部が集まる教養学部では、医学部以外の学生たちとも交流ができた。「違う世界を見られた」と当時を振り返る。
学生生活を楽しんでいた神田先生だったが、勉強では苦労もあった。
「とにかく覚えることがたくさんありました。周りの人たちは、試験前にちょっとやればできてしまうような人たちばかり。自分のできなさを痛感しましたし、だからこそ私は地道に勉強しなければと思いました」
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皮膚科を選んだのは偶然の成り行きだったが、入ってみると、症状が目に見えて分かるところに皮膚科の面白さがあった。皮膚の生検はすぐに採取できるので、組織が簡単に見られる。5年生になり病院実習が始まると、そこでも皮膚科の魅力に惹かれていった。
「他の診療科に比べて、女性の先生が多かったんです。その姿を見ながら、こんなふうに働いてみたいなとイメージが湧きました」
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趣味は旅行。長い休みが取れると、海外を旅した(左はグラナダ、右はワルシャワ)
アメリカに2年間の研究留学
厳しい環境で学ぶ
1991年にはアメリカに留学。カリフォルニア大学ロサンゼルス校の外科腫瘍学部門と、ジョンウェインがん研究所で、2年間メラノーマの研究に従事した。その頃、「留学・学位・専門医」が医師の三種の神器と言われていたこともあり、全部にチャレンジしようと決めたのだ。
アメリカに行って驚いたのが、とにかく何も言われないことだった。放任主義で、何をしていても、していなくても、上司から注意されることはない。そんな環境に、研究の経験がないままいきなり放り込まれて「つらかった」と、神田先生は話す。
「指導教官がついて丁寧に教えてくれるわけでもないので、困ってしまって。聞かないと何も教えてもらえないので、とにかく『教えてください』と周りの人たちに聞いていったんです。声をかけるのも勇気がいりましたね」
救いになったのは、アメリカに一人で留学している日本人が何人かいたこと。「苦しいときには助けがある」と、仲間の存在が心強かった。努力のかいがあって、留学中に論文を書き上げることもできた。
西海岸の雨が少ない温暖な気候と、陽気な土地柄も神田先生にとっては幸いだった。休暇を使ってカリフォルニアのヨセミテ国立公園や、ワイオミングのイエローストーン国立公園、フロリダのウォルトディズニーワールドにも出かけた。当時の思い出を話しながら、「東海岸のどんよりした地域だったら、つらくて堪えられなかったかもしれない」と笑顔を見せた。
次々と開発される新薬
皮膚疾患の患者に希望の光が
2018年には、日本医科大学千葉北総病院に皮膚科部長として赴任。2021年には同大学の皮膚科学教授に就任した。皮膚科のなかでも特に神田先生が専門としているのが、乾癬とアトピー性皮膚炎の治療だ。どちらもここ十数年で新薬が次々と開発され、治療法が劇的に変わった疾患である。
「治療法もそうですし、病態も明らかにされてきています」
乾癬とは、慢性の皮膚疾患で、皮膚が赤くなり、盛り上がり、鱗屑(りんせつ)と呼ばれる細かいかさぶたが生じる。爪の変形や関節症状が起こることもある。
これまで乾癬では、治療のターゲットとなるのは表皮の細胞だと考えられてきた。しかし、実は皮膚に集まってきているリンパ球という免疫細胞が大きく関わっていることが分かり、それをターゲットにした新薬が開発されていった背景がある。新薬での治療によって、さらに病態が明らかになり、それがまた新薬開発につながる。そのくり返しで、治療法が劇的に進化したのである。
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「乾癬にしてもアトピー性皮膚炎にしても、発疹を消失させることなど不可能だと思っていました。そのくらい難しく、なるべく目立たないようにする治療しかできなかったんです。でも、現在では新しく開発された生物学的製剤を使えば、発疹がきれいになくなる。すごい進化です」
乾癬の治療は、塗り薬での外用療法を中心に、光線療法、内服療法、生物学的製剤での注射療法のなかから、組み合わせて行われる。生物学的製剤を扱うことができる医療機関は限られているが、千葉北総病院では11種類の製剤の使用が可能だ。外用薬ではなかなか治せなかった爪などでも、数週間で症状が改善するという。
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ダーモスコピー(皮膚拡大鏡)を使って、色素病変の悪性、良性を診断
日本医科大学千葉北総病院の皮膚科
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皮膚表面から毛髪や爪、脂肪組織まで、幅広い疾患を診療する皮膚科。乾癬やアトピー性皮膚炎の治療では、生物学的製剤や免疫抑制剤を使った全身療法も行っています。免疫抑制剤は、円形脱毛症や尋常性白斑にも有効です。「新しい治療法に積極的に取り組んでいるほか、乾癬、アトピー性皮膚炎、皮膚腫瘍などの専門外来を開設していますので、皮膚疾患にお悩みの方はお気軽にご相談ください」(神田先生)
豊富な選択肢のなかから
患者にベストな治療法を選択
神田先生は、患者一人ひとりの症状や治療のしやすさなどによって、治療薬を選択している。例えば、乾癬の生物学的製剤のターゲットとなるサイトカイン(*)は、TNF–α、IL–17、IL–23の3種類である。
一番多く使用するのは、IL–17製剤。皮下注射のため、患者本人が自分で打つことができる。費用が高いのが難点だが、高額療養費のシステムを使うと治療費が抑えられる。皮疹にも高い効果があり、関節症状にもある程度効果がある。特に若い人で使われることの多い製剤である。IL–23製剤は、安全性が高いため、感染症や悪性腫瘍のリスクが高い高齢者に多く使われている。関節症状が重い患者に適しているのが、TNF–α製剤。ただし、皮疹に対する効き目が弱いのと、副作用で感染症が出やすくなるリスクがある。
治療法の選択で、神田先生が大事にしているのが、患者とのコミュニケーションだ。皮疹の面積や重症度だけでなく、患者が何を気にしているのかを知ることがとても重要だという。そのため、丁寧に治療法を説明することを心がけている。
「例えば、爪や頭皮など、皮疹が目立つところにあると、患者さんのQOLは下がりますし、それによって苦しい思いをされている方も少なくありません。治療によって、患者さんの苦痛を少しでも軽減できるようにしたいと思っています」
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診療においては、地域の医療機関との連携が欠かせない。紹介された患者の専門治療を終えた後は、スムーズにクリニックで経過を診てもらうような連携をとっていきたいと、展望を語る。
「皮膚科では、治療法の進化に伴い、発疹をなくすこともできるようになりました。生物学的製剤などの全身療法を希望される方は、ぜひ地域のかかりつけ医の先生にご相談していただき、当院を紹介していただいてください」
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診察室のすぐ横に設置された顕微鏡では、採取した皮膚組織に白癬菌やカンジダなどの真菌がいないかを調べる
*サイトカイン:細胞から分泌される生理活性のあるタンパク質
神田 奈緒子先生(かんだ・なおこ)
日本医科大学千葉北総病院
皮膚科 部長/教授
1987年東京大学医学部医学科卒業。同大学医学部附属病院皮膚科助手、三井記念病院皮膚科などを経て、1991年からカリフォルニア大学ロサンゼルス校医学部外科腫瘍学部門、ジョンウェインがん研究所で研究に従事。帰国後、博士号(医学博士)を取得。2018年に日本医科大学千葉北総病院の皮膚科部長、2021年に日本医科大学医学部皮膚科学教授に就任。