変わり続ける時代の中で、新たな医療を創り出そうと挑み続ける医師たち。そのチャレンジの根底にあるもの、その道程に迫ります。
創人
臨床病理診断の疑問を研究で解明
病変を直接見ることが魅力
病変組織を自分の目で見て
病理から「病態」を読み解く
清水章先生は腎病理学の道を、腎臓内科医として歩みはじめた。 「腎臓は、血液・体液を介して全身の恒常性を維持しています。腎臓という一つの臓器をもとに全身を診ることができ、臓器不全の後にも透析療法や移植療法があることに惹かれました」
そこから腎病理医の道へ。
「腎臓内科では、確定診断に当たり、腎臓内の病変の一部を採取して顕微鏡で調べる腎生検が大きなツールとなります。自分の目で組織を検討して確定診断、治療方針を決定し、治療反応を確かめたい。そんな思いがあり、腎病理医を志したのです」 腎疾患の診断では、尿や血液検査、エコーや画像検査などで得られる多様な情報が確定診断のツールになるが、腎生検も重要かつ不可欠なツールの一つだ。清水先生は、病変組織を自分で確認し、その病変の「成り立ちや歴史」を読み解くことに、病理学の醍醐味を感じることとなる。
日本医科大学大学院医学研究科の
解析人体病理学教室
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病理学第一講座を前身とし、初代の矢島権八教授以降、日本の腎臓病理学の歴史を築いてきました。前任の福田悠教授の時代に解析人体病理学教室に。生体内局所での病変形成や病態の解明を目指した研究を、教室を挙げて進めています。「寺崎付属病院病理部長、㓛刀講師と寺崎(美)講師、遠田助教、梶本助教に高熊助教、医師は皆、臨床病理診断業務を行い、また教員全員で高い専門性を持ち研究との両輪を回しています。また、研究生に大学院生、ポスドク、国内・国外留学生も大いに頑張っています」(清水先生)
生体は防御・修復するもの
自分にとって新たな見方を得る
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腎疾患を理解するには腎病理を理解する必要がある。そう考えた清水先生は、先輩らのアドバイスも受け、1987年、腎臓病理学の名門である日本医科大学病理学第一講座(現・解析人体病理学教室)の扉をたたいた。
ここで清水先生は、講座を率いる馬杉洋三教授や山中宣昭教授らから、腎生検の臨床病理診断から浮かぶ疑問を研究によって解明することの重要性を教わった。「疾患に対する考え方が変わった」と言うほどインパクトを受けた出来事もあった。馬杉教授がヒトの糸球体腎炎モデルとして確立したラットThy1(サイワン)腎炎の研究をする中での気付きだ。
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東京腎臓研究所で恩師の山中宣昭名誉教授が定期的に主催されている腎病理の山中塾にて、若手医たちと共に研さんを積む
「Thy1腎炎は、形態としては細胞増殖を伴う糸球体腎炎ですが、発症1カ月ほどで治る腎炎です。治ることの根幹に何があるのか。これを山中教授から教わりました。Thy1腎炎は糸球体を構成している毛細血管がきれいに修復すれば、腎炎は治るのです」
Thy1腎炎の過程では、糸球体毛細血管を束ねるメサンギウム細胞が増殖する。メサンギウム増殖は腎炎進行の象徴として「悪者」に考えられがちだ。
「しかし、増生メサンギウム細胞からの血管新生増殖因子が、糸球体毛細血管の修復を誘導します。その後、増え過ぎたメサンギウム細胞が計画的にアポトーシスにより減少して糸球体腎炎が終息します。つまり、メサンギウム細胞増殖は悪者ではなく、障害糸球体の修復には不可欠な生体反応であり、炎症反応は生体の防御・修復には必須であることをこのとき学びました」
米国で移植腎の病理を経験
長年の共同研究者との出会いも
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ハーバード大学医学校留学中にお世話になったロバート・コルヴィン教授と
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その後、米国ハーバード大学医学校の関連医療機関であるマサチューセッツ総合病院に2度の留学をした。1995年からの3年間は、リサーチ・フェローとして同病院病理部でロバート・コルヴィン教授の下、病理診断や研究をした。
研究室には腎移植の実験病理検体や臨床検体が次々に届く。清水先生は、移植の腎生検標本を数多く観察する機会を得た。移植腎の病理診断は、拒絶反応の有無など治療選択の決め手となる重要な行為であるが、病理医にとっても特別な経験となる。
「移植臓器は、何歳の人の臓器か、どんな薬が使われ、どう機能してきたかといった『経過・歴史』が全て分かっていますからね。そうした情報がある中で組織を見るので、腎病理所見を解釈する上でとても勉強になるものでした」
2003年からの2年間は、インストラクターとして移植研究センターで、デビッド・サクス教授や山田和彦先生(現コロンビア大学教授)らと再会し、引き続き腎移植関連の病理診断や研究を行った。折しも当時はサクス教授が自然抗原ノックアウト遺伝子改変ブタを作成し、ブタからヒトを含む霊長類への腎移植では自然抗体による超急性拒絶反応の制御が可能となっていた。ヒトへの臨床応用の機運が高まる中で、異種移植研究が精力的に継続されており、現在でも共同論文を執筆する関係が続いている。
「結局、留学期間中はブタ−ヒトへの臓器移植は実現しませんでしたが、最近、遺伝子改変ブタからヒトへの異種移植が腎臓や心臓で行われたニュースに触れ、医学の進歩を実感しています」
臨床病理診断の疑問を研究し
解明する解析人体病理学
帰国後、日本医科大学に戻ると、病理学第一講座から改称された解析人体病理学教室で、臨床病理診断を行いながら腎病理学の研究を続ける。
解析人体病理学の特徴を清水先生は次のように説明する。
「腎臓に限らず、多様な臓器の臨床病理診断からの『なぜこうなるのか』という疑問を、実験など研究により解決することを目指しています。それにより見方や考え方が極まり、診断がより深いものになると考えています」
解析人体病理学教室は、いわば研究病理学と診断病理学が融合した学問を追究する教室といえよう。教室員も、肺病理、循環器病理、婦人科病理など、それぞれの専門領域を持ち、臨床病理診断業務を行い、そこからの疑問や問題点をテーマに研究を進める一方、人工知能(A I)も取り入れた最新の研究も進めている。清水先生は、病理を巡って臨床医とコミュニケーションを図ることで、病理医にも臨床医にも、診療面でも研究面でも有用な知見や情報が得られ、相互作用があることを強調する。
解析人体病理学で重視しているのは、「病理組織には病変そのものが含まれており、そこから病気の本態を解明すること。病理形態学に加え、遺伝子解析や質量分析などさまざまな解析法を駆使して病変そのものを解析し、『どうしてこうなるのか』などの疑問を解決し、生体内で起きている病変のことを深く知ることです。そこが研究としてワクワクするところですし、診療にも役立つと信じています」。
解析人体病理学教室は、研究だけでなく国内・国際協力にも積極的だ。国際腎臓学会による医療発展途上国の中核病院支援プログラムISN Sister Renal Center programで、清水先生ら教室のメンバーがベトドク病院(ベトナム)の病理医・病理技師に向けた日本での講習会や、現地での指導を実施している。中国や国内からの留学生・共同研究者を積極的に受け入れている。
国際腎臓学会(ISN)の活動として、2015年より日本腎臓学会とベトナムのベトドク病院で腎病理指導を進めている。解析人体病理学教室の病理技師さんと現地に入り、病理医や病理技師さんと話し合いを重ね、病理技能や診断の質の向上に努めている
若い人たちに病理学の
意義と魅力を知ってほしい
病理診断を通じて診療医療の根幹を支え、また疾患の病態解明を通じて基礎研究にも貢献することができる病理医。「病理診断が確定診断になることも多く、また研究面でも自分の疑問を自分のペースで解決していける点が魅力」と清水先生は話す。
今後ますますニーズが増す領域である一方で、国内の病理医の数が不足している現況を嘆く。
「病理医の意義と魅力をアピールしていかなければなりません。何よりも医学生や臨床医が病理を身近に感じ、医学教育や実臨床での疑問を病理から考察し解決できるような、病理から楽しみながら真剣に病態の理解を深めることができると素晴らしいと思っています」
病理に関心を抱いて教室に来る若い人たちには「一緒に標本を見て、一緒に考える」コミュニケーションを重視した教育を行っている。
「複数人が同時に観察できるディスカッション顕微鏡を使って、みんなで同じ標本、同じ病変を見て、自由に意見を言い合える時間が宝物です」
若い人たちに、病理を身近に感じて、疾患を形態から考える魅力を実感してほしい。そして病理学の意義と魅力を知って、大いに興味を持って病理の世界に入り、疾患を病理から見て考える人が増えてほしい。これが清水先生の何よりの希望だ。
清水 章先生(しみず・あきら)
日本医科大学大学院医学研究科 解析人体病理学分野 大学院教授
1985年金沢医科大学卒業、同大学腎臓内科入局。1987年秋より日本医科大学病理学第一講座(現・解析人体病理学)入局。博士(医学)。1995年から3年間および2003年から2年間マサチューセッツ総合病院/Harvard Medical Schoolに留学。2013年より現職。現在、日本腎病理協会代表世話人や日本腎臓学会腎病理標準化委員長として腎病理診断の標準化や質向上に貢献。