変わり続ける時代の中で、新たな医療を創り出そうと挑み続ける医師たち。そのチャレンジの根底にあるもの、その道程に迫ります。
創人
胃食道逆流症の病態を明らかに
国内の検査・治療をけん引
医師としてやりがいがあるニーズの高い消化器内科
岩切勝彦先生が多くの診療科の中で消化器内科を専門に選んだのは、消化器疾患は患者さんの数が多く、ニーズがとても高いと感じたからだった。
「とにかくお困りの患者さんがたくさんいらっしゃいました。だから、医師としてやりがいがあると思ったのです。ちょうど内視鏡検査が発展していく時代だったこともあり、検査の面白さにも引かれました」
岩切先生が医師になった35年前は、国内で内視鏡検査が盛んに導入されるようになった時期でもある。これからますます検査の需要は高まると予測していた。
さらに、大学病院では臨床に加え、研究が大きな柱の一つとなる。地域の医療機関では治療が難しいような特殊な症例が大学病院に集まってくるため、臨床の中で疑問を見つけながら、それをテーマに研究を進めていった。岩切先生が研究テーマのメインとしている分野は食道疾患である。特に、胃食道逆流症(GERD)などの良性疾患が専門分野である。
「私が医師になったばかりの頃に比べると、胃食道逆流症の患者さんは急増していて、いまや成人の少なくとも1〜2割の方が罹患(りかん)しているといわれています。年齢を問わず発症する疾患です」
胃食道逆流症では、胃酸が逆流することにより、胸のむかつきやつかえ感などの症状が出る。ほとんどのケースは、胃酸の分泌を抑える薬物治療で改善するが、一定の割合でガイドラインの治療が効かない薬物抵抗性のものがある。同院ではそうした難治性のケースを数多く受け入れている。
食道疾患を研究テーマに40歳でオーストラリアへ留学
胃食道逆流症は、消化器内科学の初代教授で、学長も務めた常岡健二先生が開拓した分野だ。日本医科大学が力を入れて取り組んできた歴史がある。
「常岡先生ご自身がこの疾患に苦しまれていたのです。非心臓性胸痛という、胃酸の逆流によって心臓病と同じような胸痛が出てしまう疾患でした」
日本ではまれな疾患だったため、病態を調べようと、常岡先生を中心とするグループで研究がスタートした。そして、胃食道逆流症を研究テーマとして受け継いだのが、岩切先生である。医師になって3年目の時だった。
「当時は、胃がんや胃潰瘍の治療がメインの時代。胃食道逆流症はまだ一般的ではありませんでした。専門の医師が少ないからこそ、分からないことを解明していく面白さがありました」
未知の領域だったことが、研究のモチベーションになった。欧米では、食道疾患が既にメジャーな疾患として注目され、論文も数多く発表されており、国内でもいずれ患者さんが増えると岩切先生は予測していた。
「研究を始めて2、3年でデータがそろい、それを英語の論文にまとめました。だんだんと学内の若い人の中にも興味を持ってくれる人たちが出てきて、夜に抄読会をしたり、研究生活は楽しかったですね」
オーストラリアへの留学の話が出たのは2000年、40歳の時である。 「それまで留学については全く考えていなかったのですが、『行きます』と即答しました。胃食道逆流症の研究をさらに発展させるためには、症例数の多い海外の病院に行くしかないと思ったのです」
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そして世界をリードしていた施設の一つ、オーストラリアのロイヤルアデレード病院に1年間留学をした。逆流のメカニズムを調べるセンサーを開発した教授の下で、検査法や解析方法を学んだ。ちょうどその頃、同院では世界に先駆け、逆流を診断できる高分解能食道内圧検査(ハイレゾリューションマノメトリーシステム)という検査機器のプロトタイプが作られていた。
「これはすごいと思い、帰国する時に、その測定機器の主要な部分をリュックに入れて持ち帰りました。わずかな振動でも壊れてしまうので、大事に運んだのを覚えています」
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留学先のオーストラリア ロイヤルアデレード病院で指導教官のRichard Holloway教授と
胃食道逆流症の病態を調べて
ガイドライン作りに尽力
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岩切先生が委員長として作成に携わった『胃食道逆流症(GERD)診療ガイドライン2021』
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岩切先生が日本に初めて持ち込んだ最新の検査機器によって、国内の胃食道逆流症の病態解明の研究は一気に進展した。留学中は「日本に技術を持ち帰り、検査を実施しよう」という思いが、岩切先生のモチベーションになっていた。
岩切先生が委員長として作成に携わった、日本消化器病学会の『胃食道逆流症(GERD)診療ガイドライン2021(改訂第3版)』の英語版(ガイドライン)では、データの1割以上は日本医科大学のものが採用されている。まさに、岩切先生が収集したデータが、胃食道逆流症の診断・診療におけるガイドライン作りの基盤となっているのである。
「自分が専門とする領域で、ガイドライン作りに関われるのは大変光栄なこと。ただ、ガイドラインで全ての患者さんの治療ができるわけではありません。薬の効かない患者さんの病態の解明、治療法の確立を目指して、現在も研究を続けています」
岩切先生の外来には、胃食道逆流症以外にも、内視鏡検査で異常は見られないが、薬の効かない上腹部に症状のある患者さんが紹介されてくるという。これらの患者さんの症状の原因として、おそらく知覚過敏が影響しているというのが、岩切先生の考えだ。
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内視鏡下胃知覚過敏試験
症状があるのに薬の効かない患者さんは、そうではない患者さんに比べ、少量のCO2、低い胃内圧で症状が出現する -
「原因が分からないために、医師から『気のせい』だと言われる患者さんも少なくありませんでした。このような胃の知覚過敏を簡単に評価する方法がなかったのです。そこで私たちは、通常の内視鏡検査で、胃の内圧と胃内に注入したCO2量を測定することで、知覚過敏の存在を簡単に判定できる方法を開発しました」
胃に知覚過敏がある患者さんでは、症状のない健康な方に比べ低い胃内圧、少量のCO2にて症状が出現する。薬の効かない胃症状の原因が知覚過敏であることを説明できるようになった。
「『やっと症状の理由が分かった』と患者さんは安心され、それを聞いただけで症状が落ち着く方もいらっしゃいます」
この検査は岩切先生が担当する内視鏡検査日に実施している。今後さらに、新たな治療法の開発にも取り組んでいく計画だ。
大学病院ならではの専門性と幅広い領域の診療に強み
岩切先生が率いる日本医科大学の消化器内科では、臨床だけでなく、人材育成にも力を入れる。研修医の指導に携わる岩切先生は、医師として消化器内科を専門にする魅力をこう語る。
「基本技術を短期間で習得できるのは当科の魅力です。およそ40年の医師人生、日本医科大学消化器内科で習得した技術は、大学病院だけでなく地域の中核病院やクリニックなど、さまざまな場所で生かせます。さらに、消化器内科を幅広く診られる人材は少なく、ニーズもあります」
女性の医師が増えており、消化器内科でも3~4割を占める。岩切先生は、女性医師たちが出産、育児を経ても働き続けられるような環境づくりにも取り組んでいる。また、研究分野でも、学会発表数は日本トップクラスを誇り、英文論文数も右肩上がりに増加している。臨床をしながら研究を続けたい人にとっても、最適な病院だと力説する。
「消化器内科の全ての領域において、スペシャリストとなる医師たちを育てていくのが、大学病院の使命です。それが患者さんに対する質の高い診療につながると考えています」
日本医科大学の消化器内科
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日本医科大学の消化器内科では、食道、胃、小腸、大腸、消化管、肝胆膵と幅広い領域で、高いレベルの専門治療を提供している。本院では、病院のモットーでもある「断らない医療」を実践。24時間体制で医師を配置し、緊急の内視鏡治療ができる環境を整えている。そうした緊急対応に加えて、がん治療の分野では、消化器外科と緊密に連携を取りながら最善の治療を提供する。「当院では消化器内科の幅広い領域において診療体制が充実しています。困ったことがあればいつでもご相談ください」(岩切先生)。
岩切 勝彦先生(いわきり・かつひこ)
日本医科大学大学院医学研究科 消化器内科学 大学院教授 付属病院 副院長
1986年に日本医科大学卒業後、第3内科に入局。専門は食道疾患。2000年から1年間、オーストラリアのロイヤルアデレード病院へ留学し、胃食道逆流症の最新の検査法や解析法について学ぶ。2015年から現職、2021年2月から副院長。
日本消化管学会理事(現監事)、日本食道学会理事(現監事)、日本消化器病学会執行評議員、日本消化器内視鏡学会社団評議員などを歴任する。