特集

24時間体制の脳卒中専門ユニット(SCU)

薬と血管内治療で 〝攻め”の脳梗塞治療を実践

日本では年間30万人が脳卒中を発症しますが、そのうちの7割は脳の血管が詰まる脳梗塞です。 脳梗塞はいかに早く治療を始められるかによって転帰が大きく変わるため、日本医科大学付属病院脳神経内科では「脳卒中専門ユニット(SCU:Stroke Care Unit)」を設置し、365日24時間体制で取り組んでいます。 東京都内の治療実績では第1位と、日本の脳梗塞治療のけん引役でもあるSCUを率いている脳神経内科部長の木村和美先生に、早期治療のポイントや脳梗塞治療の最前線についてお話を伺いました。

脳梗塞の症状が見られたら一刻も早く治療を

―脳梗塞とはどのような病気なのでしょうか。

脳梗塞は脳の血管が詰まる病気で、細い血管が詰まる「ラクナ梗塞」、脳の大きな血管が動脈硬化などにより詰まってしまう「アテローム血栓性脳梗塞」、心臓の血栓が飛んで脳の血管を詰まらせる「心原性脳塞栓症」という3種類に分けることができます。

脳梗塞や脳の血管が破れて起こる脳出血を含む、脳の血管に障害が起きる病気のことを総称して脳卒中と呼びます。

―どのような症状が見られますか。

  • 典型的な症状としては、ろれつが回らない、言いたいことが言えない、言っていることが分からないなど、言語に関する症状があります。また、片方の手足に麻痺が見られることも多く、まれに両手足に麻痺が出ることがあります。片側だけ見えない、見えにくいといった視野障害も脳梗塞でよく見られる症状です。

    麻痺が出ている場合は分かりやすいのですが、脳梗塞の3割は麻痺の症状が出ません。言語障害だけ、視野障害だけという場合は脳梗塞だと気づきにくく、受診が遅れがちなので注意が必要です。

  • 救急隊に確認している項目で、この3つのうちの1つがあれば、主幹動脈の閉塞が疑われる

薬では溶かせない血栓も取り除ける血管内治療

―脳梗塞に対しては、どのような治療を行うのでしょうか

  • 脳梗塞は脳の血管が詰まる病気ですから、詰まっている血栓を取り除く治療を行います。現在の脳梗塞治療では、「t-PA(アルテプラーゼ)」という脳梗塞治療薬を点滴で注入して、詰まった血栓を溶かして血流を再開させる治療が一般的です。

    ただし、t-PAを使えるのは発症4・5時間以内と短く、大きな血管が詰まっている場合には効果がないことが分かってきました。そこで近年では、血管内に直接カテーテルを入れて血栓を取り除く「血管内治療」が行われています。血管内治療なら発症後24時間まで治療ができ、t-PAでは治療が難しいような大きな血管の閉塞でも治療することが可能です。

  • t-PAのセット

    日本医科大学付属病院で用いられているt-PAのセット。A~Cがt-PA、Dが血液の凝固を調べる装置、E~Pが処置に必要な器具など

―血管内治療とはどのように行われるのでしょうか。

太ももの付け根(鼠径部)からカテーテルと呼ばれる細い管を入れ、そこから脳まで管を進めて血栓を取り除きます。 詰まっている場所によっては出血のリスクがありますが、治療の際はX線で血管の形や血栓の場所などをリアルタイムで確認しながら行われます。

血管内治療の一番の特徴は、薬で溶かすことのできない大きな血栓を取り除くことができることです。以前であれば後遺症が残ったような症状の患者さんでも、後遺症が残ることなく歩いて退院できるようになりました。

私たちのユニットでは2018年度に114例の血管内治療を行いましたが、この数字は東京で一番多く、全国でもベスト3に入ります。

  • 脳血管内治療の様子

    脳血管内治療の様子

  • SCUで患者さんを管理

    SCUで患者さんを管理

―発症後すぐに受診すれば、治療できる可能性が高くなるのですね。

  • SCUにおける超急性脳梗塞治療例数
  • 数年前まで脳梗塞の死亡率は11〜12%程度と、病院に運ばれても8人か9人に一人は亡くなっていました。t-PAや血管内治療が一般的に行われるようになったここ数年は、死亡率が3%程度まで低下しています。

    しかし、命は助かっても半身麻痺や言語障害などの後遺症が残ってしまう人は多く、一刻も早く治療することが大切です。麻痺が出ているのにもかかわらず「これくらいで大げさではないか」「一晩様子を見よう」という人が少なくありません。

    救急車を呼ぶことに抵抗感を持っている人も多いようですが、翌日になって受診されても手遅れになってしまいます。

    気になる症状があったら、すぐに受診してください。

―最新の脳梗塞治療にはどのようなものがありますか。

「歯髄幹細胞」という歯の幹細胞を使って、脳梗塞で障害された神経細胞を再生する細胞治療の臨床研究を始めたところです。動物実験で効果が証明されていますが、医療応用はまだまだ先になると思います。後遺症に苦しむ多くの人を救う手立てになればと期待しています。

24時間体制で搬送から1時間以内に治療開始

―日本医科大学付属病院のSCUの特徴を教えてください

一番の特徴は治療体制にあると思います。患者さんが救急搬送されてきたらすぐにMRI検査を行い、大きな血管に血栓が見つかればそのままMRI室隣のカテーテル室でt-PAを点滴して、その5分後には血管内治療を始めています。脳梗塞治療は時間との勝負ですから、 来院からここまで遅くとも1時間以内です。治療から1時間もたたずに血流が再開し、歩いて帰れるようになる患者さんも少なくありません。

脳神経内科のスタッフ

脳神経内科のスタッフ

  • こうした治療を、365日24時間体制で行っていて、原則として全部の患者さんを受け入れています。都内でも血管内治療を行う医療機関は少ないのですが、毎日2人体制での当直までできているのは、技術に精通した専属医師が25人以上常駐しているからです。

    また、SCUの診療環境が大変充実していることに加えて、8床のストロークユニット病棟も完備しています。ここまでの治療は、どこの病院でもできるわけではありません。実際、搬送されてくる患者さんの多くは他院からの依頼で、関東近県のあらゆる病院から患者さんが搬送されてきます。

  • 表1:2018年1月から12月までの入院患者数

―近隣の救急隊員やリハビリ病院との連携も積極的に行われているそうですが…。

脳梗塞では急性期治療後の対応も大変重要です。そこで、いくつかのリハビリテーション病院と連携して、治療した患者さんたちにはそちらに転院してもらえる体制を整えています。そのために連携病院と合同で研究会を開催するなど、「顔の見える連携」を大切にしています。

私がこの病院に赴任したときには、近隣の消防署13カ所全部巡回し、脳卒中を疑う兆候について啓発し、脳卒中が疑われる患者さんがいたときには速やかに当院に搬送してもらえるよう、地域の救急隊員に対して説明しました。

―最後に、脳梗塞を予防する方法があれば教えてください。

脳梗塞の患者さんの中には20代、30代の若い方もいますが、一番多いのは70代から80代の高齢者です。

脳梗塞のリスクとしては、高血圧や糖尿病が知られていますが、心房細動がかなり大きな問題です。心不全の一種である心房細動は、心房が小刻みにけいれんするような病状で、それにより血栓ができやすくなります。

心房細動により心臓にできた血栓は脳に飛びやすく、それにより脳梗塞を発症することが多いのです。ですから、心房細動であると指摘されたことのある人は、薬などで心房細動を治療することで脳梗塞を予防することができます。

また、気温が下がる冬や季節の変わり目、入浴前後に体温が変動する時間などは心臓に負担がかかり、脳梗塞が起きやすいとされています。そのような時間帯に気になる症状を感じたら、すぐに医療機関を受診してください。

木村和美先生

木村 和美 先生(きむら・かずみ)

1986年熊本大学医学部を卒業。国立循環器病センター内科脳血管部門、川崎医科大学脳卒中医学教授などを経て、2014年から現職。専門は神経内科。脳梗塞を含む脳卒中治療の発展に貢献し、最先端の細胞治療研究にも取り組んでいる。

木村先生の治療への想い

助かると思ったらやる!
―日本医大付属病院SCUでは「攻めの医療」を実践します

私には今でも忘れられない患者さんがいます。当時19歳の女子大生だった患者さんは、脳梗塞の発症から2日以上もたってこの病院に搬送されてきました。
そのときには四肢麻痺を起こしていて意識もありません。ところが、そこから血管内治療を行い、2週間後には退院して大学に復帰できるまでに回復したのです。当時の状況から考えれば、この回復は奇跡と言わざるを得ません。日本医大付属病院のSCUは、助けることを最優先に「攻めの医療」を続けていきます。

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