特集

生活習慣病や腎臓疾患の診療

「全身を診る診療科」として
患者さんと二人三脚で歩んでいく

日本医科大学付属病院では、糖尿病や脂質異常症、高血圧症などの生活習慣病、内分泌代謝疾患を診療対象とする糖尿病・内分泌代謝内科と、腎臓疾患全般を診療対象とする腎臓内科が一体となって診療にあたっています。「全身を診る診療科」として食事栄養相談や運動療法にも注力し、患者さんに寄り添う治療がこの診療科の特徴です。さらに、「恒常性を制御し健康長寿社会を実現する」をミッションに掲げ、運動や食事のサイエンスにも取り組む内分泌代謝・腎臓内科学分野の岩部真人先生に、診療科の今とこれからについて伺いました。

糖尿病や腎臓病など全身をトータルで診る

―まず、どのような診療科なのか教えてください。

日本医科大学内分泌代謝・腎臓内科学分野では、「全身を診る診療科」を合言葉に、「恒常性を制御し健康長寿社会を実現する」ことをミッションとして掲げ、教室員一丸となったワンチーム体制で診療を行っています。

具体的には、肥満症、糖尿病、内分泌疾患、高血圧症、脂質異常症、腎疾患、慢性腎臓病、腎不全・人工透析といった病気のほか、心血管疾患の一次・二次予防、生活習慣病に関連するがんの早期発見などが対象です。そして、広角の診療姿勢を涵養する全国的にも類を見ない全身を診る診療科として、それぞれの患者さんに最適な医療の提供に努めています。

―生活習慣病や腎臓病の患者さんは増えているのでしょうか。

日本における死因の上位を占める心筋梗塞や脳梗塞などの心血管疾患の主要な原因は、肥満を基盤とした糖尿病、脂質異常症、高血圧症などの生活習慣病、さまざまな腎臓疾患に起因した慢性腎臓病だと考えられます。また近年、生活習慣病を病態基盤にした慢性腎臓病の患者数が激増しており、透析治療の継続を必要とする人の約7割がこれらの疾患によるものです。

厚生労働省からの最新の報告によれば、糖尿病にかかる国民医療費は年間1・2兆円、人工透析は年間1・6兆円にものぼり、それだけで国民医療費全体の約6・5%も占めています。

  • ―「全身の恒常性」とは、どういう意味ですか。

    生物には、外的・内的環境にかかわらず生体の状態を一定に保とうとする機能が備わっています。このように状態を一定に保つ性質を「恒常性」と呼びます。私たちの体は、体液の量、電解質、浸透圧、pH、血糖などの栄養素、血圧/血流、体温、成長、エネルギー代謝、性周期などの維持機能が働くことで健康を保つことができています。私たちが対象とする疾患は、恒常性維持機能が破綻することで起こりますから、恒常性維持機能への理解を深めることが大切です。

    ―これら疾患に対しては、どのような治療が行われているのでしょうか。

    糖尿病、高血圧症、脂質異常症といった、いわゆる生活習慣病には共通する根本原因がいくつかありますが、病態の基盤となっているものに肥満があります。そこで当科の治療では、栄養食事相談と運動療法を中心に行い、それでも改善しない場合には、薬による治療も併用していきます。

  • 内分泌代謝・腎臓内科学分野のロゴマーク

    内分泌代謝・腎臓内科学分野のロゴマークの背景

    聴診器を中心に、糖尿病・内分泌代謝内科と腎臓内科が担当する疾患を象徴した「糖」と「塩」が「角砂糖」と「盛り塩」で表現されたロゴ。ブルーとグリーンのグラデーションは、2つの診療科の融合を意味し、教室員一丸となって教育、研究、臨床に全力で取り組む決意が表されている。

食事も運動も継続できるよう「やる気スイッチ」を探す

―食事や運動は本人の努力が求められますが、どのように指導しているのでしょうか。

食事のことは知っているつもりでも意外に知らないことが多いので、まずは正しく知ってもらうところから始めます。例えば、果物は体に良いというイメージが先行し、摂取しすぎてしまう患者さんも多くいらっしゃいます。そのような患者さんには、フォアグラを例に説明します。高級食材のフォアグラは鴨の肝臓ですが、「鴨に何を食べさせているかご存じですか」、と患者さんに尋ねた際、ほとんどの方は、「きっと油に違いない」、と答えます。しかし、正解はなんと果物のイチジクなのです。果物に含まれる糖分は、たくさん食べ過ぎると肝臓では脂質として蓄積され、最終的には脂肪肝となりそれがフォアグラとなります。果物は体に良いのでいくらでも食べて良いと思われていた患者さんは大変驚かれます。これはほんの一例ですが、患者さんの好きな食べ物、食習慣のパターンを細かく伺い、できる限り時間をかけてお話しするようにしています。

―頭で理解しても、行動に移すのは難しいと思いますが。

私もそうですが、なかなか行動に移すのは難しいですよね。そのため、一人ひとりの患者さんの性格、家族構成などの社会環境などに合わせて、個別に提案していきます(指導という言葉を私たちはほとんど使いません)。これは究極のオーダーメイド医療だと思っています。 第一歩として、まずは患者さんを取り巻く環境をよく知ることが大切になります。私の患者さんのカルテを見てもらうとわかりますが、その患者さんの好きな食べ物、好きな運動、趣味なども記載しています。診察前には必ず誕生日もチェックします。血糖値が良くなっていたらもちろんですが、あまり良くなっていないとしても、この日は美味しいものでも食べましょう、と提案します。また、普段はあまり話したがらないような中年男性の患者さんでも、よくよく話してみると娘さんが中学受験で大変だということがわかったりするので、「今から血圧や血糖値に気をつけないと娘さんが独り立ちするのを見届けられないですよ」といったことを話すと俄然やる気になってくれます。 そうやってお話ししながら、患者さんのやる気スイッチを探します。といっても、こちらが一方的に探して押しつけるのでは継続できません。患者さんと一緒に探して、そこから先も二人三脚で一緒に歩んでいくイメージです。

―糖尿病性網膜症や慢性腎不全による透析など、悪化してから受診する患者さんに対して「もっと早く受診していれば」と思うことはありますか。

もちろん早く受診するに越したことはありません。しかしながら、日本医科大学付属病院の糖尿病・内分泌代謝内科と腎臓内科を受診した瞬間からその都度のベストな治療が始まりますし、後ろを向いても全く良いことはありません。先ほどもお話ししたように、患者さんが前向きに行動できるようにサポートすることが重要ですから、私から「もっと早く気をつければよかったのに」とお話しすることもありません。 また糖尿病の診断基準のひとつがHbA1c 6・5%以上であることから、多くの医師はHbA1c 6・5%未満を目指し、時には厳しく指導する場面もあります。しかしながら、このHbA1cの目標値も個々の患者さんによって異なりますので、十把一絡げの診療は良くありません。私の外来ではたとえHbA1c 10%の患者さんに対しても、「今日もよく頑張って受診できましたね」という言葉から始まることが多いです。そもそも、全ての患者さんは病院に来たくて来ているわけではありませんからね。このことは、私だけでなく、この診療科の全てのスタッフが心掛けている点でもあります。

  • 個々の患者さんにベストな治療方針を模索

    糖尿病・内分泌代謝内科のカンファレンスの風景。毎週火曜日に全ての教室員が集まり治療方針を検討。

  • 世界最先端の治療法を導入

    腎臓内科のカンファレンスの風景。最新の研究結果をもとに個々の患者さんの治療方針が定まっていく。

医者と患者さんはパートナー
対等な立場で共に歩む

―糖尿病・内分泌代謝内科、腎臓内科の診療において、大切にしていることはありますか。

近年さまざまな分野で問題になっている「スティグマ(負のレッテル)」という概念があります。糖尿病の患者さんに対しても「生活がだらしないから病気になる」とか「病気になるのは自業自得」といったスティグマがあり、差別や偏見にさらされ、とても辛い思いをされている患者さんは少なくありません。 日本医科大学付属病院では、関係する全てのスタッフが一丸となって、そのような偏見を払拭する取り組みも行っております。その一つとして、医療者と患者さんの関係性が常に対等の立場、パートナーの関係性になるよう心がけています。例えば、生活習慣病の患者さんが食事や生活習慣の改善を目的に入院することを全国のほとんどの病院では「教育入院」と呼んでいますが、私たちはこの名称はとても不適切と考えています。この言葉は医者が一方的に教えるように見えますし、何より例えば外来で「教育入院をしましょう」と勧められても、良い気持ちはしませんよね。そこで、当院では患者さんが主体だとわかるように「学習入院」という名称にしています。また同じように、従来「食事栄養指導」と呼ばれてきた栄養士さんと食事の話をする機会のことも「食事栄養相談」としています。

運動量を見える化するバイオマーカーを同定

―先生たちは世界最先端の研究も行っていると伺いましたが。

私たちの研究室では、健康長寿社会実現のため、「最も良い食事は何か」「どれだけ運動すれば良いか」「健康長寿薬は創れるか」の問いに、生命の原理に基づいた答えを導き出し、生活習慣病・慢性腎臓病に対する次世代の根本的予防法・治療法を確立することを目指しています。日本医科大学発のこれら研究成果を一日でも早く世界中の患者さんに届けたいですね。 最近の成果のほんの一例をご紹介します。運動は健康長寿に向けた最善の方略の一つですが、なかなか継続することができません。そこで私たちの研究室では、運動量に比例して血中濃度が上昇する生理活性物質を同定することに成功しました。筋肉から分泌されるこの物質のことを、私たちは「ロコモカイン」と名付けました。

さらに、ヒトの運動量を正確に評価する技術として新規テキスタイル型ウェアラブルデバイスの開発にも成功しています。現在、テキスタイル型ウェアラブルデバイスから得られる膨大なデータとロコモカインの血中動態の相関性を人工知能などの情報工学的アプローチにより解析し、新たな運動指標となる運動バイオマーカーの開発に成功しています。

  • 「人間力」を重視して診療を行う
    内分泌代謝・腎臓内科学分野の医師たち

    「人間力に満ちあふれた優れた医師が揃っていることが診療科の誇りです」(岩部先生)。

  • 運動バイオマーカーによる運動実績の数値化(見える化)は、運動へのモチベーションを高めるナッジ効果が強く期待されます。少し難しい表現となってしまいましたが、例えば採血項目では糖尿病のマーカーとしてHbA1c、腎臓病のマーカーとしてCreなどがありますが、これらのマーカーと同様にその都度の外来で運動バイオマーカーの結果を示すことによって、「今月は運動できましたね」「先月はお正月もあったので少し運動不足ですね」と患者さんに運動実績を示したいと思っています。運動の見える化によって、患者さんの運動へのモチベーションも変わってくると思います。

―最後に、今後に向けて目指していることを教えてください。

目の前の患者さんに最善の医療を提供するだけでなく、未来の患者さんを救うために終わりなきサイエンスの発展に挑戦し、次世代の医療(診断法、予防法、治療法)を教室員一丸となって創造していきます。先制医療を実現する世界最先端の研究成果・医療技術を日本医科大学から世界に発信していきます。

岩部 真人先生

岩部 真人先生(いわぶ・まさと)

2003年香川医科大学医学部卒業。2009年東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。東京大学糖尿病・代謝内科講師、准教授を経て、2022年より現職。糖尿病学・代謝学が専門。肥満・2型糖尿病発症の分子機構に関する研究から運動と疾患予防・治療に関する研究を幅広く展開している。生活習慣病、慢性腎不全の根本的治療薬の創製から臨床応用に向けた橋渡し研究などに従事している。

岩部先生の治療への想い

最高の医療を提供するためには、教室員が心身共に健全であり幸せであることが重要。
AI全盛期に求められるのは人間力。

周囲を幸せにするためには、自分自身のコンディションが良くなければいけません。最高の医療を提供するためには、まずは教室員が心身共に健全であり幸せであることがとても重要だと思っています。私の一日の仕事のうち最も重要なルーティンは、教室員が幸せに働けているかの確認です。またスポーツ選手が最高のパフォーマンスを発揮するために体を鍛えるのと同様に、私も教室の先生とともに人間力を鍛えています。近い将来、ほぼ全ての診療業務(問診から診断、治療方針の選定など)をAIが行うようになるでしょう。ただ、AIからの提案は心に届きません。そもそも病院とは無縁でありたいものですが、人生の一大事では、あの先生に出会えて良かったと思っていただける診療科を教室員と共につくりあげています。

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