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PETを用いた精神薬理学
精神科治療薬の作用を
脳画像から客観的に評価

これまでの伝統を受け継ぎながらも、社会の変化に対応した進歩を続ける日本医科大学。その源となっている教育や研究についてご紹介します。

全身のがんを調べることができるPET(陽電子放出撮影法)を用いて、薬が作用している生体部位を見るという薬理学の手法があります。最近では精神科分野でも利用されており、PETを用いて精神科治療薬の至適用量を算出したり、投与量と作用との関係を見出したりといった業績を上げてきたのが日本医科大学大学院医学研究科薬理学分野の荒川亮介先生です。精神科治療薬の治療効果などの客観的指標として臨床で応用する状況をめざして、研究を続けています。

薬物と生体の相互作用について研究する学問を薬理学といいます。がんや循環器系疾患など、治療薬が存在しうる病気はすべて薬理学の対象となります。統合失調症やうつ病などの精神疾患を対象とする精神科についても、「精神薬理学」とよばれる研究領域が確立しています。

日本医科大学大学院医学研究科薬理学分野で大学院教授をつとめる荒川亮介先生は薬理学、とくに精神薬理に力を入れて研究を進めてきました。もともと精神科医でしたが、「精神科では治療効果を評価する客観的指標に乏しい」ことに対する課題意識から、薬理学研究の道を歩みはじめました。

「抗がん剤などと違い、精神科治療薬では治療効果の有無や程度がわかりづらい。少しでも指標を見つけていければという研究の流れがあります」

統合失調症・うつ病の治療にPET薬理学で貢献

そこで荒川先生は、精神科治療薬が作用する部位である脳内が、薬や薬の候補化合物によりどうなるかを客観的に調べるため、PETを駆使してきました。

「がんであればその部位を切り取って調べられますが、一部の病気を除き、脳ではそれが難しい。患者さんの脳を画像で見ることが、いまのところ精神科治療薬の作用部位を調べられるほぼ唯一の方法です」

PETで脳内画像を得て抗精神病薬の作用の程度を調べるには、「放射性リガンド」とよばれる脳内のドーパミンD2受容体に結合する分子を使用します。

まず、薬の服用前に放射性リガンドが脳内のドーパミンD2受容体にどのくらい結合するかを、リガンドが放出する放射線を体外計測して調べます。そして薬の服用後、受容体に結合する薬の成分がどれだけこの受容体を占有するようになったか、言い換えると、受容体に結合できる放射性リガンドがどれだけ減ったかを調べるのです。たとえば服用の前後で放射性リガンドの結合が4から1に減少すれば、薬の占有率は75%となります。

  • PETを用いた受容体占有率測定

    「服薬前」は、放射性リガンドがドーパミンD2受容体に多く結合し、放射線量が高く計測され脳の部位が赤色に。「服薬後」は、抗精神病薬が受容体に結合するため放射性リガンドの結合できる部分が減る。減り具合から薬の受容体占有率が算出される。

  • 荒川先生は大学院生時代の2008年、博士論文研究でPETを用いて、抗精神病薬の至適用量を算出するという成果を上げます。統合失調症治療薬である「パリペリドン徐放剤」の第Ⅱ相臨床試験において、同薬の受容体占有率をPETで求めて、至適用量を1日あたり5・6~9・5mgと推定したのです。この結果をもとに臨床試験は第Ⅲ相へ進みました。さらに2011年、「(成人には)6mgを1日1回朝食後に経口投与」という用量用法で「インヴェガ」という販売名で薬が発売されるに至りました。

    「これは自分の研究のなかで割と臨床的に役立った成果といえます」と荒川先生はふり返ります。

さらに、キャリアを積んだ2019年、荒川先生は、PETを使って抗うつ薬の作用の程度を明らかにする成果をあげます。「セロトニン・ノルアドレナリン再取込阻害薬」(SNRI)という種類の抗うつ薬の一つ「ベンラファキシン徐放剤」について、PETにより、この薬の主な作用の一つとされるノルアドレナリントランスポーター(NAT)阻害の程度をNAT占有率として測りました。その結果として、用量依存的にNAT占有率が増加するという関係を見出すことができました。

「どのくらい薬を投与すると、どの程度の作用がありそうかをNAT阻害の観点で見出せるようになりました」

時間・費用・放射線被ばくなど
臨床でのPET応用に課題意識

精神薬理の分野では、測定の目的にあった放射性リガンドがつぎつぎ開発されています。PETを用いた薬の効果の客観的指標は着実に増えているように思えます。しかし荒川先生は、「研究レベルであればたしかに実績は出ています。けれども、臨床に用いるには高いハードルがあります」と話します。たとえば、その精神科治療薬を服用して、作用が得られているかを個人ごとに確かめられれば、治療効果を高めることができます。

  • 「けれども、時間・費用・放射線被ばくなどの課題があります。撮影にはある程度時間がかかり、費用も安くはないです。被ばく量についても無闇に撮影してよいほどではありません。臨床応用については今後、より簡便にPETを使うための検討と、PET以外の測定法の模索を並行していかなければと考えているところです」

    荒川先生がつねに心に留めているのは「最終的に患者さんのためになるという視点を保つ」ということ。より良い精神科薬物療法を提供するための試行錯誤と挑戦が続きます。

  • 薬理学分野の研究室のメンバー

    薬理学分野の研究室のメンバー

荒川 亮介先生

荒川 亮介 先生(あらかわ・りょうすけ)

日本医科大学大学院医学研究科薬理学分野
大学院教授

1999年、日本医科大学医学部卒業。2008年、日本医科大学大学院精神・行動医学分野修了。博士(医学)。放射線医学総合研究所、国立精神・神経医療研究センター、カロリンスカ研究所などを経て、2019年、日本医科大学大学院精神・行動医学分野准教授。2021年より現職。

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