Extra Quality

FROUNTを標的に
がん・腎炎に対する
新たな治療法を確立する

これまでの伝統を受け継ぎながらも、社会の変化に対応した進歩を続ける日本医科大学。その源となっている教育や研究についてご紹介します。

マクロファージによる疾患憎悪の働きを抑えることで、がんや腎炎などの疾患の治療につなげようとする研究があります。日本医科大学解析人体病理学講師の遠田悦子先生は、マクロファージの遊走や活性化を促進するタンパク質「FROUNT(フロント)」に着目し、これを標的とした治療法の確立をめざして研究。着任から4年ですでに複数の成果を上げています。同様のしくみによる疾患はほかに複数あると考えられ、研究成果の多方面への展開も期待されます。

白血球のマクロファージは病原体を排除するなど、生体を守る存在として知られています。一方で、過剰に集積、活性化したマクロファージは、疾患を悪化させる“負の側面”を持っています。マクロファージは炎症組織で産生されるケモカインという物質に応答して組織に集まってきます(遊走)。 マクロファージの生体内での遊走を促進するタンパク質「FROUNT(フロント)」は、マクロファージ上のケモカイン受容体の細胞内領域に結合(会合)し、マクロファージやその前駆体(マクロファージに分化する前の姿)である単球の炎症組織への遊走を促進します。 修士課程での腸管免疫の研究から「免疫のしくみは全身に分布しているので、免疫細胞の生体内での動きを見たい」と決意し、博士課程で進学した東京大学の研究室でFROUNTの発見への過程を目の当たりにし、それ以来、FROUNT研究に取り組んでいます。

FROUNT

免疫細胞の一種であるマクロファージで特に発現が高い細胞内タンパク質であるFROUNTは、ケモカイン受容体との相互作用により、マクロファージが炎症箇所に向かって進もうとする(遊走)反応の強さを制御している。
さらに、FROUNTはマクロファージの様々なサイトカインを産生する性質にも関与し、FROUNTを標的とすることで、マクロファージが病態に深く関与するがん治療にも、炎症性疾患(腎炎)の治療にもつながる。

がん抑制効果を既存薬から探す臨床研究を実施中

遠田先生らは、既存治療薬がFROUNTのはたらきを阻害し、がんを抑制することを見出しました。 以前から、がん組織にマクロファージが多いがん患者では、免疫チェックポイント阻害薬が効きにくいことが知られていました。がん組織のマクロファージはがんの増殖を助ける性質に変化し、免疫チェックポイント阻害薬の作用を打ち消してしまうのです。

これに対し、遠田先生はFROUNT欠損マウスでは移植されたがん細胞の増殖が弱まり、本来がん細胞によってもたらされるマクロファージの活性化も減少していることを発見。千葉県がんセンターとの共同研究では肺がん組織においてFROUNTの発現が低い患者さんでは、手術後の予後がよい傾向にあることが明らかになりました。この結果は、FROUNTががん治療の標的となりうることを示しています。

「だからといって、FROUNT自体を欠損させてしまうと副作用が起きてしまいます(胎生致死)。FROUNTはケモカイン受容体に結合することで機能を発揮しますから、結合の相互作用を抑えれば、副作用なく、がんを抑制できると考えたのです」

遠田先生らは13万種類の化合物を対象に創薬スクリーニングを実施。結果、候補化合物を複数、見つけることができました。その一つがアルコール依存症治療薬として半世紀以上にわたり使われている「ジスルフィラム」です。「既存薬であるジスルフィラムなら、安全性が担保されています。まずこの薬に力を入れています」

その後、東京理科大学ではジスルフィラムと免疫チェックポイント阻害薬との併用による臨床研究を国立がん研究センター東病院と実施。重篤な副作用が出ないことが確認されました。また、生検をシングルセル解析し、治療後のマクロファージの種類や状態の変化を詳細に調べています。

腎炎の治療に向けた成果も
疾患制御の秘密を解明したい

疾患憎悪をもたらすマクロファージの働きを同様に抑制できれば、他の疾患でも治療法確立につながる。そう考えた遠田先生は2022年、腎炎に関する研究成果も出します。

難治性の腎炎の一つに、抗糸球体基底膜(GBM)抗体型腎炎があります。この疾患では、多くのマクロファージが糸球体に集積しており、病態に関与していることが示唆されていました。

遠田先生は腎炎モデルラットにジスルフィラムを投与すると、糸球体へのマクロファージ集積が抑えられました。「予想以上でした。糸球体からマクロファージがきれいになくなっていました」と遠田先生。ジスルフィラムを投与したラットではマクロファージや単球が動くときの突起(仮足)が少なくなっており、これで遊走が抑制されていることを生体で初めて確かめました。

さらに、腎炎の治療につながる作用はこれだけではありませんでした。マクロファージによるサイトカインやケモカインの産生を直接抑制する作用、さらに糸球体の毛細血管を裏打ちしてタンパク質が漏れ出るのを防ぐ上皮細胞「ポドサイト」の消失を軽減する作用も発見。これらにより炎症性サイトカインの産生が抑制されることでも、治療効果を得られるとわかったのです。

遠田先生はマクロファージが関わる別の腎疾患として糖尿病性腎症に対してもラットで治療効果を確認しているところです。

「教室には腎疾患、肺疾患、心疾患、婦人科疾患、腫瘍病理や炎症性疾患領域の病理に高い専門性を持つ清水章教授、寺崎泰弘准教授、㓛刀しのぶ講師、寺崎美佳講師、梶本雄介助教、高熊将一郎助教が揃っていますので、多様な疾患に研究を展開していくことができます。技師のみなさんの技術の高さもありますし、ありがたいことに、なぜ効くのかという病理学的視点を学びつつ研究に取り組めています。またライフイベントとの両立においては、本学のしあわせキャリア支援センターによる研究支援員などの助成制度に大いにサポートしていただきました」

マクロファージが関与するとされる疾患はほかにもあり、遠田先生は東京理科大学、東京大学と共同で肺線維症を対象とした研究も進めています。

「FROUNTは、がんも炎症性疾患も抑制する稀有な標的です。FROUNTが関わる機構に、さまざまな疾患をうまく制御できる秘密を解明していきたいと考えています」

遠田 悦子先生

遠田 悦子 先生(とおだ・えつこ)

日本医科大学解析人体病理学 講師

2007年3月、東京大学大学院医学系研究科 社会医学専攻博士課程修了(松島綱治教授)。博士(医学)。東京大学大学院医学系研究科特任助教、東京理科大学生命医科学研究所炎症・免疫難病制御部門助教などを経て、2019年、日本医科大学解析人体病理学助教。2023年より現職。

PAGE TOPへ