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慢性炎症の仕組みを解明し
生活習慣病を予防

これまでの伝統を受け継ぎながらも、社会の変化に対応した進歩を続ける日本医科大学。その源となっている教育や研究についてご紹介します。

最近の研究において、生活習慣病やがん、加齢の基盤となる病態として「慢性炎症」が注目を集めています。日本医科大学大学院医学研究科代謝・栄養学分野の大石由美子先生は、免疫細胞として体を守る働きをしているマクロファージが炎症の慢性化にも影響していることに着目して研究。マクロファージが持つさまざまな機能とそのメカニズムを明らかにするとともに、摂取する栄養によってマクロファージの機能を引き出す可能性についても研究しています。

体に傷を負うと、その部分が赤く腫れて熱っぽくなり、痛みを感じます。こうした症状は、病原体などに対する免疫による防御反応である「炎症」です。通常、炎症はしばらくたつと治まり、傷ついた組織は再生されます。

一方で、長期間にわたって炎症が長引き、慢性化してしまうことがあります。炎症が長引く「慢性炎症」という病態は、関節リウマチやアトピー性皮膚炎などの自己免疫性疾患に伴う症状として知られていましたが、生活習慣病やがんなど、炎症とは無関係だとされていた病気の発症にも関わっていることが分かってきました。

生活習慣病の発症メカニズムを研究する大石由美子先生は、免疫細胞の一つであるマクロファージに着目して、慢性炎症に至る仕組みを明らかにしようとしています。

「マクロファージは傷害に応答して炎症を進める一方、侵入した異物を貪食して炎症を収め、体を守るという一見相反するように見える機能も持ちます。さらに研究を進めていく中で、マクロファージには他にも多彩な機能があり、その機能の変化が慢性炎症にも影響していることがマウスの実験などを通して明らかになりつつあります」

慢性炎症や組織の再生にマクロファージが影響

従来、マクロファージには炎症を進めるM1型と炎症を抑制するM2型という異なる機能を持つ2種類があるとされてきました。しかし、最近の研究では2種類のマクロファージが別々に存在するのではなく、マクロファージ自身が機能を変化させる可能性があると考えられるようになってきました。しかも、その機能は5種類も10種類もあるようです。

マクロファージの多機能性をひもとくヒントの一つが「脂」です。生活習慣病を代表する病態である糖尿病の発症には、内臓型肥満が関与しています。ここに脂肪細胞の機能を低下させ、慢性炎症を引き起こすマクロファージの存在があると大石先生は考えました。そこで、肥満で糖尿病のマウスと健康なマウスの内臓脂肪組織を観察したところ、糖尿病マウスの肥大化した脂肪細胞の周りでマクロファージが増加。このマクロファージが炎症性サイトカインを分泌し、さまざまな炎症細胞を呼び寄せて、慢性炎症を引き起こしていました。

一方で、脂の中には「体にいい脂」と呼ばれるものがあることにも注目。魚に多く含まれる不飽和脂肪酸EPA(エイコサペンタエン酸)が、炎症促進から抑制へとマクロファージの機能を切り替える作用を持つことを見いだしました。体の中でEPAなどの不飽和脂肪酸を作ることができないマウスに炎症を起こすと、マクロファージが強く活性化されて炎症が長引いてしまいます。ところが、EPAを多く含むエサを与えたところ、正常なマウスと同じくらいまで炎症反応が低下したのです。

研究を続けていくと、マクロファージが炎症だけでなく「再生」にも関わっており、EPAを与えることで再生スピードが向上することも分かりました。糖尿病の患者さんは健康な人に比べて傷の修復が遅いとされていますが、そこにもマクロファージの機能が関わっていると考えられます。

マクロファージ

肥満で糖尿病のマウスの脂肪細胞は肥大化し、マクロファージ(赤)が増加していることが分かる

脂肪細胞

脂肪細胞はエネルギーが不足したときに脂肪酸を放出する機能を持つが、脂肪細胞の肥大化でその機能も低下。炎症によりマクロファージが増え、さらに炎症性サイトカインが集まってきて慢性化する

細胞代謝の仕組みを解明して栄養的アプローチの実現へ

炎症の亢進から抑制へ、または再生の促進へ、というようなマクロファージの機能の変化には、「細胞代謝」が影響していると大石先生は考えます。生き物は食物を食べて、そこから取り込んだエネルギーを使って活動し、生命を維持しています。細胞の一つ一つも同じで、栄養を取り入れ分解し、エネルギー源であるATPを取り出して使います(「細胞代謝」)。

マクロファージの細胞代謝を見てみると、炎症によりマクロファージが活性化されるとエネルギー源として糖が消費され、炎症が落ち着き収束のフェーズに入ると糖ではなく脂肪酸を利用するというように、機能の切り替えには栄養源の影響があります。大石先生は、そこに臨床応用の可能性もあるといいます。

「EPA食を与えたマウスでマクロファージの炎症抑制スイッチが入ったように、外からの栄養によって細胞代謝をコントロールできる可能性があります。栄養の面から細胞の機能を変え、損傷後の再生を早めるような臨床応用も考えられるのではないでしょうか」

マクロファージの細胞代謝は、加齢に関連するさまざまな疾患にも影響する可能性があります。今まさに解明されつつあるマクロファージの多機能性という視点から、毎日の食事を意識することの大切さを伝えたいという大石先生。いずれは生活習慣病や老化に伴うさまざまな病気についても、栄養面から予防できればと期待を寄せています。

大石 由美子先生

大石 由美子先生(おおいし・ゆみこ)

日本医科大学大学院医学研究科代謝・栄養学分野 大学院教授

1998年に群馬大学医学部を卒業。2006年に東京大学大学院にて博士号(医学)を取得。群馬大学医学部附属病院、国立病院機構高崎総合医療センター、榊原記念病院などを経て、2009年から米国カリフォルニア大学サンディエゴ校に留学。帰国後、東京医科歯科大学難治疾患研究所准教授を経て、2018年より現職。研究のみならず、内科・循環器内科の診療も担当する。

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