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死因究明だけでなく
孤立死などの社会課題にも貢献

これまでの伝統を受け継ぎながらも、社会の変化に対応した進歩を続ける日本医科大学。その源となっている教育や研究についてご紹介します。

主に病気の治療や予防を行う医学分野の中でも法医学は、医学的・科学的知見を用いて亡くなった人の原因を究明する学問。「異状死」の死因の診断、死後経過時間の推定、犯罪や事件に関係した死体の司法解剖などは、法医学者の重要な仕事です。それらの法医実務に加えて、異状死データベースの構築と統計解析などの研究にも取り組んでいる日本医科大学法医学分野の金涌佳雅先生。近年社会的関心の高い「孤立死」の実態を統計的に調査し、データベースを構築してきました。

 

東京都監察医務院*の発表によれば、2018年の1年間に東京都で亡くなった人の数は11万9253人。その内、単身世帯で亡くなった「孤立死」は5513人でした。この人数は年々増加しており、65歳以上の単身世帯で亡くなった人の人数は、過去15年間で約2倍にまで増えています。

東京都監察医務院の監察医として勤務した経験を持ち、現在も非常勤監察医として検案や解剖を行う金涌佳雅先生は、監察医務院時代から孤立死問題に着目。区ごとの孤立死者割合を調査したデータベースを作成し、23区東部地区で顕著に男性孤立死が増えていることを明らかにしています。

さらに統計解析や地図専門ソフトなどを駆使し、丁目レベルでのエリア分布図を作成しましたが、新たな課題も見えてきました。

「孤立死は75歳以上の後期高齢者の問題だと思われがちですが、実は50〜60代の独居男性も目立ちます。これは家族のいない50〜60代の男性の健康状態に問題がある可能性も指摘できます。こうしたデータを単身者の健康管理や地域保健の問題につなげるなど、さまざまな研究者や行政機関などで活用する基礎データとして法医学が役立つ可能性があります」

*東京都監察医務院:東京都23区内で死因が分からずに急逝した人、事故などで亡くなった人の死因を明らかにする東京都の行政解剖施設

多すぎる異状死を検出 さらなる異状死を防ぎたい

金涌先生が取り組んでいる研究は他にもあります。それは、リアルタイムでの異状死サーベイランス(監視)システムの構築です。「異状死」とは、内因性疾患による死亡以外の全てをいい、事件や事故死の他、診断を受けずに亡くなった孤立死も含まれます。

構築した異状死データベースでは、孤立死データベースと同様の地理空間情報に時間軸を加えました。このデータベース上で、時間・空間集積性の高い異状死があれば検出する、そのためのプラットフォーム(土台となる環境)を構築しようとしています。

重視したのは「リアルタイム」。これまでも異状死のデータは蓄積されてきましたが、有効活用にはデータが集積されるまで待たなくてはいけませんでした。しかし、時期や場所に偏って多数の異状死が発生している場合、早期に原因を特定できれば、さらなる異状死の発生を抑えることができます。

実際に、特定の方法での自殺者が急増したことがありましたが、当初は単なる偶然だと思われていました。しかしその後、インターネットを通じて特定の自殺方法が流布されたことが原因だと分かり、自殺に使われた製品の販売を自粛してもらい、同様の自殺者を減らすことができました。他にも、特定の製品での消費者事故、一定施設内での不審な死の急増(事件や事故の可能性)、食中毒や感染症の発生などが検出されることが想定されます。

ある一定の時期、場所に集積している異状死をリアルタイムで検出(〇の色の違いは死亡数の違いを概念化)

死後の脳脊髄液からてんかんの痕跡を見つけ出す

法医学では、検案や剖検などを通じて亡くなった人の死因を究明しますが、死後に分かるのは、目で見える「形態異常」に限られます。しかし、死亡原因の中には、目に見えない異常で亡くなるケースも少なくありません。その代表ともいえるのが「てんかん」です。

発作の原因はさまざまですが、脳の神経細胞に電気的な乱れが突然生じ、痙攣(けいれん)や硬直発作などがみられます。運転中の発作で起きた交通事故、入浴中の溺死など、てんかん発作が原因とみられる異状死も珍しくはありません。

採取した脳脊髄液からてんかん発作の痕跡を見つけ出す研究

従来の法医学ではてんかん発作や不整脈のような「機能障害」を死後に診断することはできません。金涌先生は現在、死後の脳脊髄液を採取し、てんかんの痕跡を明らかにする研究に取り組んでいます。ラットの実験で採取した脳脊髄液をNMR(核磁気共鳴)装置で計測・解析したところ、痙攣の痕跡を検出できる可能性が明らかになりました。

今年4月に千葉北総キャンパス内に解剖室を完備した大学院棟(法医学)が完成しました。千葉県警などの捜査機関とも連携し、数多くの司法解剖や検案、剖検などを行っていくということです。

「亡くなった方の死因を調べるには、自分の手を動かして、知識を総動員しなければできません。そのため、常に検査技術の研さんや最新知識の習得が必須です。しかし、死因が分かれば、故人やご家族にとって価値のある情報になり、さらにデータとして蓄積することで社会に貢献することもできます。新しい大学院棟もでき、法医実務の充実により、当大学の法医学の研究や技術をさらに向上させていきます」

金涌 佳雅先生

金涌 佳雅先生(かなわく・よしまさ)

日本医科大学大学院医学研究科
法医学分野大学院教

2001年に日本医科大学医学部を卒業。2007年に東北大学大学院にて博士号(医学)を取得。東京都監察医務院、防衛医科大学を経て、2017年から現職。現在も東京都監察医務院の非常勤監察医を兼務し解剖や検案を行う。

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