変わり続ける時代の中で、新たな医療を創り出そうと挑み続ける医師たち。そのチャレンジの根底にあるもの、その道程に迫ります。

創人

医工連携で「切らずに治す肺がん治療を実現したい」

決して諦めない姿勢、そしてリサーチマインドによって、難題を克服する臼田実男先生。 学際的なコラボレーションで「切らずに治す肺がん治療」を目指す。

学生時代に学んだ「諦めないこと」

  • 3月3日の日曜日9時10分、東京都庁前。 3万8000人を超える群衆の中に、臼田実男先生はいた。 あいにくの雨模様、気温は6度しかない。 東京マラソンがスタートを切った。

    臼田先生は2回目の参加にもかかわらず、3年前の初参加の時に比べタイムを40分縮め、42・195キロを5時間半で走り抜いた。

    諦めないことを学んだのは大学生の時の部活動だ。 近所の公園でカブトムシを採っていた少年は、大の野球好きだった。

  • 3月3日に行われた東京マラソンに参加。見事完走した

中学・高校では柔道で、得意技は背負い投げ。 大学に入ると野球魂がよみがえり硬式野球部に入部した。

「7番サード臼田でした」東日本医科学生総合体育大会の決勝、 同点で迎えた8回裏、1死満塁のピンチでの守備機会を臼田青年は忘れられない。

「え!バント?意表を突かれました」相手はバントを三塁線に転がした。 アウトにしなければ負けだ。臼田三塁手は猛然とダッシュして捕球、 キャッチャーへ投げた。見事フォースアウト! キャッチャーは一塁に転送してこれもアウト!ダブルプレー成功。

しのいだ次の回にリードを奪って勝利を引き寄せた。

「この試合はしびれました」 臼田先生のこの時の〝諦めない〞姿勢が、その後の医療姿勢につながっていく。

「肺がんは死ぬ病気ではない」早期発見・早期治療で克服可能

「肺がんは、早期発見、早期治療により克服することが可能な病気なんです」

臼田先生はこう言い切る。 「日本医科大学では、小型の肺がんに対して『低侵襲外科治療』で良好な治療成績が期待でき、進行肺がんに対しては、呼吸器内科、放射線科と共同して治療に当たり、拡大手術を安全に行っているからです」

同大学付属病院の肺がん治療は守備範囲が広い。開胸による外科手術から、 創口が小さい胸腔鏡治療やロボット支援手術、〝切除する必要のない〞気管支鏡手術まで、 ありとあらゆる方法を駆使して治療に当たっている。

例えば、ロボット支援手術。以前は、前立腺がんの治療にしか保険適用されていなかったが、 昨年、肺がん治療などほかの治療にも一気に拡大し、肺がん分野でも今後、飛躍的な革新が期待されている治療法の一つである。

手術の部位を大きく拡大してさらに立体視もできるため、 小さい腫瘍にも対応でき、従来から行われてきた胸腔鏡手術に比べると、 手術のクオリティー・安全性ともに格段に向上している。

しかし何といっても強みは、臼田先生の専門である「気管支鏡治療」。 胸腔鏡もロボット支援手術も、開胸手術と同様に切開する。しかし、気管支鏡は、 消化器内視鏡と同様に、口から入れて、肺の病巣を直接治療する。切開の必要がないのだ。

「胃がんは『外科切除』から『内視鏡治療』に多くシフトしました。肺がん、 特に小型肺がんも、胃がんのように必ず切らずに治す時代が来るはずです」

  • 昨年から肺がん治療の分野でも保険が適用されるようになったロボット支援手術。

  • 世界で初めて開発された新しい気管支鏡治療(上)と治療時の病巣(下)

PDT治療で肺がんも切らずに治す時代に

この気管支鏡治療の中でも臼田先生が注目しているのが、気管支鏡によるレーザー治療、 「光線力学治療」(PDT)である。 PDTは、腫瘍に特異的に集積する光感受性物質をあらかじめ注射してお き、低出力のレーザー光線をその物質に誘導させ病巣へ照射して治療する。

電気メスなどによる「焼灼」とは異なり、熱くもなく、煙も立たず、 出血することがないのも特徴となっている。

このPDTは、1994年に胸部レントゲンでは見つかりにくい、気管支にできる早期肺がん(中心型)に対して初めて認可された。 2010年には、進行肺がんに対しても、狭くなった気道やQOLの改善という点で、認可されるようになった。

ところが、胸部レントゲンで発見されやすい、肺胞周辺の小型肺がんには、レーザー照射することが難しかった。しかし、臼田先生は諦めなかった。

リサーチマインドに火がつき世界初の新PDTを実施

「原点は肺がんの患者さんを治したいという強い思いです。 モットーは『肺がん撲滅』でした」進行性の肺がんでも決して諦めずに手術を行う傍ら、研究にも力を入れた。 国立がん研究センターでは、研究所のレジデントとして2年間従事。 テーマは、抗がん剤は最初は効くのに、後になってなぜ効かなくなるのかだった。

PDTのメカニズムを探求するために、本場米国にも留学した。そうやって、リサーチマインドを培いながら、学際的な連携の重要性について具体的に考えるようになっていた。 そんな中、臼田先生は日本医科大学のアプローチに着目した。

日本医科大学では、かなり前から、医学と工学の分野を結びつける「医工連携」を進め、 これまでにも数多くの学際的なコラボレーションを実施していたのだ。

日本医科大学にいけば、肺がんでも痛い思いをしなくても治すことができるに違いない。 患者さんに負担をかけずに早期治療ができるに違いないと確信したという。

2012年に臼田先生は、東京医科大学から日本医科大学に公募により移籍する。 そして、臼田先生を含む研究グループは、レーザー光線を誘導して病巣に照射することができる直径1㎜の「レーザープローブ」を開発。

2016年には、この機器を使ったPDTを世界で初めて実施した。 すでに臨床研究により、同治療法の安全性、抗腫瘍効果が確認されている。 「患者さんに新しい、負担のない内視鏡治療を届けるために医工連携活動を行っています。 将来は、小型肺がんを早期に発見し、全く切らずに治療を行えるようになるでしょう。

そして、どうしても治りきらない場合は手術を行う。 こうした肺がん低侵襲治療が、将来のスタンダードになるのではないでしょうか」

  • 日本医科大学付属病院 呼吸器外科

    病巣が小さい段階であれば、外科手術により病巣を切除し、肺がんを根治できます。 早期発見と早期診断を目指し、新しい気管支鏡やナビゲーションシステムを活用し、小型肺がんの診断率向上を推し進めています。

    また、肺がん治療に対して、外科手術、胸腔鏡手術、ロボット支援手術、気管支鏡治療、薬物療法と、隙間なく対応し、患者さんに寄り添った、諦めない治療をモットーとしています。 気管支の早期がんに対するレーザー治療や、進行がんによる気管狭窄に対するステント治療でも、先駆的立場にあり、世界的にもトップレベルの治療成績を保っております。

超高齢化時代を見据え社会からの要請に応えたい

臼田先生はPDT以外にも、肺がんに対するナビゲーション手術、 低侵襲治療の開発などを行っている。例えば、胸腔鏡手術のさらなる安全性追求のために、 肺がん画像をシミュレーションして、血管がどこを走っているかをナビゲーションできるソフト開発も進めている。

さらに10年先の肺がん治療を見越して、「小型肺がんに対する光線力学的治療」という気管支鏡による新しいレーザー光線による治療の研究を開始している。

このように、臼田先生の強みは、決して医学の世界だけにはとどまらず、 異分野、特に医工連携のコラボレーションによって、次々に新しい治療法を生み出す行動力と発想力であるといえる。

「日本はこれから超高齢化の時代を迎え、患者さんも国も、低侵襲、低コスト、 そして呼吸機能が温存できる効果的な治療法を求めています。 私たちの研究活動と臨床応用が、このような社会からの要請に応えられるよう、これからも努力していきたいと思います」

臼田 実男先生(うすだ・じつお)

日本医科大学付属病院 呼吸器外科部長[日本医科大学 外科学(呼吸器外科学)/呼吸器外科学分野 大学院教授]

1995年東京医科大学医学部卒業。同大呼吸器外科に入局し、国立がんセンター研究所レジデントでは研究に従事。米国ケースウエスタンリザーブ大学に留学後、東京医科大学呼吸器外科で臨床。2012年から現職。臨床の傍ら、PDTに使う直径1.0㎜の光ファイバーの医療機器承認のためのプロジェクトも進める。

PAGE TOPへ