変わり続ける時代の中で、新たな医療を創り出そうと挑み続ける医師たち。そのチャレンジの根底にあるもの、その道程に迫ります。

創人

安全で低侵襲な腹腔鏡下手術で「患者の予後を改善させたい」

日本トップクラスの実績を誇る、日本医科大学付属病院の膵臓治療。 強みとなっているのは安全で精度の高い腹腔鏡下手術。 中村慶春先生は、その腹腔鏡下手術の可能性にいち早く気づき、着実に実績を積み上げてきた。
中村 慶春先生

消化器外科医の父を追って同じ医師の道へ

「消化器外科医を志したのは、父の影響でしょうね」膵臓分野の腹腔鏡下手術において国内屈指の実力を誇る、中村慶春先生。

医師としての出発点は、消化器外科医だった父の背中を追いかけたことに始まる。 幼い頃、英語で書かれた手術書を読んでいた姿を見て、「すごいなと尊敬しました」と話す。 父からは「何をやってもいい」と言われていたが、自然と同じ道を選んでいた。中村先生が医師になった後、一度だけ一緒に手術を担当したことがある。

特別な話はしなかったが、〝患者のために力を尽くすこと〞を父子で共有した経験となった。

そしてもう一人、影響を受けた医師がいる。

「漫画『ブラックジャック』は受験勉強の合間に繰り返し読みました。僕らの世代の医師は、ブラックジャックに憧れた人が多いはずです。

医師像というよりは、作者手塚治虫独特のヒューマニズムに惹かれたのでしょうね。 自分もその世界に身を置きたいと思うようになりました」

  • 手術に携わりたいという思いで外科医を目指し、日本医科大学に入学。大学時代は野球部に所属し、部活を通した人との出会いが、その後の医師人生に与えた影響は大きかった、と中村先生は振り返る。

    「野球部は人とのつながりを学ぶことができた場。監督の宮里和明先生(現・船堀眼科理事長)は、私にとってはいまだに〝監督〞。眼科なので診療科こそ違いますが、医師として迷ったときには相談に乗っていただき、アドバイスをしてもらいました。若い医師が困っていれば手を差し伸べてくれる、そんな懐の深い監督なんです」

  • 日本医科大学野球部 新人歓迎会

    日本医科大学野球部(令和元年度)新人歓迎会にて(監督の宮里和明先生は前から2列目の左から4人目。

徹底したチーム医療の実践で高い水準の治療を提供

  • 日本医科大学付属病院の消化器外科膵臓グループでは、年間80件を超える膵切除術を行っている。 特に腹腔鏡下手術ではこれまで手がけた症例数が340例に上り(2019年4月30日現在)、国内トップクラスの実績を誇る。

    腹腔鏡を使った手術は開腹での手術に比べて傷が小さいため、治りが早く、手術によるダメージを少なくできるのが特徴。

    内視鏡によって肉眼の10〜15倍に手術部位が拡大されるので、治療の精度も高くなる。

  • 腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術

    腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術を行っているところ

同院では、腹腔鏡下膵体尾部切除術や膵胆管合流異常(先天性胆道拡張症)に対する腹腔鏡下手術のみならず、厳しい施設基準をクリアした限られた施設でしか実施できない腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術にも対応している。

中村先生が何より重視しているのが安全性だ。数年前、他院で腹腔鏡下手術による事故が起こったことは記憶に新しい。

「患者さんにとって腹腔鏡治療の不安が完全に払拭されたとは思っていません。 だからこそ私たちは医療安全を高めるための努力を続け、決して事故を起こさないためのチーム医療を徹底しています」

肝胆膵の手術では、他の消化管の手術以上に術前・術中・術後の管理に特殊性があるため、医師だけでなくコメディカルスタッフも含めて高い水準の医療を実践する必要がある。

ベストな治療法を選択するためのカンファレンスでは、肝胆膵を専門とする医師だけでなく、他科の医師も参加して入念に検討される。

そうした仕組みづくりに取り組んできた中村先生は、自院で事故を起こさないだけでなく、他施設にそのノウハウを広めるための活動に尽力している。

「当院では、日本内視鏡外科学会の技術認定医が全ての患者さんの手術を担当し、安全で確実性の高い手術手技を提供するよう日々心がけています」

学会が認定する技術認定医は中村先生を含めて6人在籍。年間の合格率が20〜30%という高いハードルをクリアした、医師の確かな技術力が同院の強みである。

膵臓グループ

日本医科大学付属病院 消化器外科 (膵臓グループ)

膵臓がん・胆管がん・十二指腸がん・膵内分泌腫瘍・膵嚢胞性腫瘍・膵管内乳頭粘性性腫瘍などに対する膵切除術、特に腹腔鏡下手術で豊富な症例数を誇り、国内でもトップクラスのハイボリュームセンターとして機能しています。日本内視鏡外科学会・技術認定医および日本肝胆膵外科学会・高度技能指導医/専門医が全ての手術を担当し、安全で確実性の高い手術を提供しているのが特徴です。

さらに他施設への手術支援(手術指導)にも積極的で、膵臓・胆道領域の手術手技や技術の普及にも貢献しています。これまで国内主要56施設から、延べ140人を超える手術見学者を受け入れています。

手術によるダメージを抑えて患者の予後を改善したい

なぜ中村先生は腹腔鏡下手術に力を入れるようになったのだろうか。 「私たちは外科医ですが、手術だけで患者さんを治せるとは思っていません。 もちろん早期の胃がんや大腸がんは手術で病巣を取り除くことで、完治を目指せるようになりました。しかし、膵臓領域に関してはがんの悪性度が高いため、化学療法や他の補助療法と組み合わせることが必要です。

私が膵臓分野で腹腔鏡下手術を導入していくべきだと考えたのは、より低侵襲の手術をすることで、患者さんがその後の化学療法に対する余力を残せるようにしたいと思ったからです」

中村先生がそうした考えを持つようになったのは、1990 年代後半。 まだ国内で膵臓の腹腔鏡下手術が導入され始めたばかりの頃だった。

日本医科大学付属病院に赴任した2003年当時、年間25件だった手術件数は、腹腔鏡下手術の導入と後の先進医療での実践とともに増加し、昨年2018 年は86件、今年は昨年を上回るペースとなっている。

同院のある文京区本郷通り沿いは、わずか3キロ圏内に大病院が5施設も密集するエリア。中村先生が腹腔鏡下手術の膵臓分野をトップに押し上げ、〝他とは違う〞強みを発揮したことは、同院を国内外に広くアピールすることにつながった。

2019年4月にロシアで開催された学会(Russian-Japan joint HPB surgery symposium 2019)では、中村先生が日本内視鏡外科学会からシンポジストとして派遣され、モスクワにおいて膵臓がん治療の講演を行っている。

  • 韓国ヨンセイ大学での講演

  • 日本医科大学関連病院(神栖済生会病院)での手術室スタッフとともに

化学療法の効果予測で患者一人ひとりにベストな治療を

現在、中村先生が取り組むのは、膵臓がんへの化学療法の効果を予測する研究だ。 一人ひとりの患者に合った抗がん剤を、あらかじめ判別できる手だてがないかを調べている。早い段階でどの薬が一番効くのかが分かれば、それだけ化学療法の効果が高まることが期待される。

研究を始めたのが3年前。 「腹腔鏡下手術を導入して技術的にも安定させ、後進の指導によって技術認定医も増えました。強いチームを築き上げたことで、ようやくこの研究を進められる段階に入ったのです。

研究の答えはまだ出ていませんが、私のライフワークとして続けていきたいと考えています」

中村 慶春先生(なかむら・よしはる)

日本医科大学消化器外科 准教授

1990年日本医科大学医学部卒業。同大学消化器外科に入局し、日本医科大学多摩永山病院、波崎済生病院(現・神栖済生会病院)で研さんを積み、2003年から日本医科大学付属病院に所属。

チーム医療の重要性を広めるとともに、日本消化器外科学会評議員、日本内視鏡外科学会評議員・技術審査委員会委員、日本肝胆膵外科学会評議員・内視鏡外科関連委員などを務め、腹腔鏡下手術の技術向上に尽力する。

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